リネージュ日記
<タシテ・黄昏の山脈とAG・ウェルダンUB新戦法>


 象牙の塔から逃げ出した者がいるという。男の名はタシテ。なんでも禁断の魔法書を持って逃げたのだとか。それを倒して欲しいと象牙の塔からの公示があった。僕はタシテが隠れたというギランCへ潜った。

 ギランケイブは地下4Fまである。どの階もそう大変な場所ではない。ただ地下3F以下にいるガーストは厄介だ。舌が痺れて魔法が使えなくなる。それだけ注意して僕とナナミィ氏はギランCを進んだ。ケイブの中は同じ目的の冒険者が溢れていた。

 一度4Fに行き、3Fへと戻ったときだった。
 4Fの混雑ぶりに辟易した僕らは、まだマシな3Fで狩りを続けようと思っていた。階段周りは人が多く、僕らはそこを離れた。地下3Fの中央辺りでうろうろしていた時、不意にどこからか叫びが聞こえた。聞いたことのない叫びだ。モンスの唸りではない。誰かの言葉だ。悪意か憎悪か、黒い思念のこもった言葉だ。その声で僕は体を震わせた。
 僕は走った。長い塀を回り込むと、すぐそこに見慣れない者がいた。冒険者じゃない。ただのモンスでもない。元は人なのだろうが、すでに彼は人ではない。外見もなにかのモンスのようだ。大きな鎌を持った手下を連れ、目を爛々と輝かせながら歩いている。
 そこへ反対側からやってきた冒険者の1人が突っ込んだ。いきなり戦いが始まる。ぼくはパニックになった。そして闇雲に彼らに飛び掛かった。

 気が付くと僕はその場に倒れていた。一瞬の出来事だった。
 僕はナナミィ氏に助け起こされた。近くにはタシテと、その手下のレブナントも倒れている。最初に突っ込んだ人も倒れている。僕はこの戦いをまったくと言っていいほど覚えていなかった。



 雄大な山脈を前にして細い吊り橋を渡るとそこは巨人達の住処だ。荒れた山々は、黄昏の山脈というその名の通り、暮れゆく空のようにどこか寂しげだった。

 アデン北部に連なる黄昏の山脈は、首都アデンの間近に迫る。だが行くのは大変だ。城壁と入り江を大きく迂回しなければならない。
 黄昏の山脈は巨人――つまりジャイアント達の住処だ。たくさんのジャイアント達がこの山で暮らしている。彼らは人間をあまり歓迎してくれない。むしろ敵対しているようだ。僕らが山脈に踏み入れるとすぐに襲いかかり、時には岩を投げつける。

 今回乗り込んだのは僕を合わせて7人。これだけの人数で狩りに行くのは初めてだ。初めて会う人もいるが、全員君主のMao氏の知り合いだという。僕らは初対面から和気あいあいと話した。
 これだけの人数がいると、襲ってくる巨人達にも動揺しなくて済む。ナイトが1人いて、彼が突っ込み、Mao氏と残り4人のエルフが矢を射かける。強者のジャイアントでもその攻撃にはそう耐えられない。僕は後ろにいて、ただ回復魔法をかけることに専念した。

 人が多いと回復魔法が追いつかないものだ。しかし今回は事情が違う。エルフの中にネイチャーズブレッシングという魔法を使う人いた。この魔法は水の精霊魔法で、このように狩りでパーティーを組んだとき仲間全員を同時に回復できる魔法だ。
 魔法使いの使うヒールオールの魔法と似ているが、ヒールオールが血盟員だけを回復するのに対して、このネイチャーズブレッシングは血盟員でなくても回復できる。しかもヒールオールはウィザード自身を傷つけるが、ネイチャーズブレッシングはそれを使ったエルフ自身をも回復する。なんて凄い力だ。初めて体験するネイチャーズブレッシングに僕は感激した。僕がちょっとミスってジャイアントに攻撃されたり、僕が回復魔法をかけ損なったりしても、このネイチャーズブレッシングで一瞬にして回復してしまう。僕が魔法をかけるのは、本当に緊急な時だけでいいぐらいだ。
 僕らは余裕を持って狩りを楽しんだ。

 途中から合流するために山を走ってきた人がいた。僕らは黄昏の山脈の奥にある、傲慢の塔の前にいた。ここらではジャイアントがたくさん出るのだ。
 その人は到着するなり大慌てで駆け寄ってきた。何もそんなに慌てなくてもと思ったら、開口一番こう言った。「AGがいる」。

 AGとはエンシェントジャイアントの事だ。この黄昏の山脈で希に見られるジャイアントの一種だ。だがAGはいつも一人で行動する。その名の通り古代のジャイアントであるが故に、普通のジャイアントとは親交がないのだろうか。
 みなが一斉に動き出す。さっき着いたばかりの人もパーティーに入り、さっそく道案内を始めた。僕も慌ててその後を追った。

 先陣を切っていたナイトの目の色が変わった。気合いを入れて駆け出す。その背中に、強大な獲物を見つけたときのナイトの本能が燃え盛る。あの先にAGがいる!
 みな大慌てであとを追う。地面が揺れた。地震か。いや違う。AGの魔法だ。僕はその揺れに足下をすくわれ、倒れそうになった。
 ひときわ大きなジャイアントがいる。これがエンシェントジャイアントだ。
 ナイトはすでに突っ込んでいる。AGは巨大な棍棒のような物を振り回して反撃してきた。鎧ごと破壊されるのではと思うような一撃だ。僕は慌ててナイトに回復魔法を飛ばす。
 エルフ達もすでにAGに矢を射かけ、あるいは周りのジャイアント達を排除にかかっている。僕はこの時もただ回復に専念した。

 やがて僕のマナが尽きた。ナイトはまだ戦っている。いくらエルフ達の補助があると言っても、彼らのマナも尽きてしまうだろう。
 僕は焦った。するとナイトが離れた。少し遅れて、AGがどうと倒れた。

 見事にAGを倒しきったナイトは、爽快な顔で振り返った。そして高々と腕を掲げた。祝福された武器強化スクロールが握られていた。皆がわっと駆け寄り、互いを労い合った。

 その祝福された武器強化スクロール――B-DAIはナイトが買い取ることになり、僕らは一人あたり7万アデナを受け取った。思いがけない収入だ。
 そして何より、滅多に会えないAGというモンスターを、しかもみんなで倒すことができたのが嬉しかった。



 ウェルダン村の右門を出ると、すぐ左手にミニコロシアムの物々しい囲いが見える。僕が彼と知り合ったのは、このアルティメットバトルの会場でのことだ。
 アルティメットバトル初挑戦の彼は、へっぴり腰で逃げ回った挙げ句、最後は闇雲に突っ込んでやられた。僕はその一部始終を観客席から見ていた。

 それからも参加を続ける彼の姿を、僕は微笑ましく見ていた。他の歴戦のナイトたちに混じって必死に戦う姿も、何度やられても諦めない姿も。いまや彼は成長し、堂々と戦えるようになった。すっかり常連の仲間入りを果たしている。
 もともと彼は体躯に恵まれていて、筋骨隆々という言葉が似合う鍛えっぷりだ。他のナイトたちのほとんどが、筋肉をつけながらもふっくらとした体型をしているのに対し、極限までしぼりこんだ彼の体躯は、ともすれば頼りなくも思えたが、しかしその怪力は立派なものだった。

 彼は主に、ウェルダン村とグルーディンで開催されるアルティメットバトルに出場していた。特にグルーディンのアルティメットバトルは重要で、適度の緊張感があって訓練になるうえ、試合に使う回復薬を差し引いても稼げるそうだ。
 けれど彼はグルーディンUBへの出場を取りやめた。

 各町で開催されるアルティメットバトルは、そこに登場するモンスターの強さに合わせた出場制限がある。たとえばアルティメットバトル最高峰であるギランUBは、強いモンスターが多量に登場するため、弱い人は出場できない。
 グルーディンUBは中堅のアルティメットバトルで、上限と下限が設定されている。あまりに弱い人が出ては困るが、逆にあまりに強い人――たとえばDKに変身できるような人――が出場すれば、緊張感が削がれてしまうからだ。
 彼はこれまで、ぎりぎりグルーディンUBに出られる上限を保っていた。だが彼は敢えてその上限を超えることにした。もちろんグルーディンUBに出られなくなる。
 その理由を尋ねると、「ウェルダンUBでフェニックスを倒したいんだ」と、彼は静かに語った。その目には強い決意が宿っていた。

 ギランUBが最高峰だとすれば、ウェルダンUBは最難関だと言われる。様々な出場制限と、それに見合わないボスモンスターの強さがクリアを非常に困難にしている。

 ボスはフェニックス。火に包まれた巨鳥だ。
 体は真っ赤にゆらめく炎そのもので、それが大きな翼をはばたかせて迫る。ふと止まったかと思うと、人を何人も飲み込むような巨大な炎を空から降らせる。灼熱の炎は、僕なら一撃で死んでしまうぐらいの威力がある。歴戦のナイトたちですら、それを浴びるや大慌てで回復を行うため、いっせいに白く光る。観客席から見ていてもその熱さが伝わってくるほどだ。フェニックスに追われて逃げる人が、遠くから炎を浴びせられて無残に倒れるのを何度も見てきた。

 くわえてウェルダンUBで出現するモンススターは曲者が揃っている。1匹の強さも相当なものだ。僕は何度もウェルダンUBを見学しているが、フェニックスを倒すことはおろか、最後まで生き残ることさえ至難の業だ。

 彼が目指しているのは、このフェニックスを倒すことだ。
 それだけではない。残りの全てのモンスをも殲滅するという完全制覇を、彼は目指していた。
 グルーディンUBの出場制限を守っていてはそれを達成できないと彼は考えた。だからグルーディンUBへの出場を諦めた。

 その彼から急ぎの連絡がとどいた。「あの作戦が実行される」。
 僕はすぐに狩りを切り上げ、ウェルダンのミニコロシアムに急いだ。アルティメットバトルはすでに始まろうとしていた。



 僕は息をきらせつつ会場に入った。すでに選手たちが準備を終えている。その位置どりを見て、僕は驚いた。
 皆が会場の右端に集まっている。それも非常に狭い場所に密集している。隣の人と肩をぶつけそうなほどだ。
 ナイトが前方に並び、その後ろにエルフの弓部隊が並ぶ。前線のナイトの中に彼の姿があった。僕は咄嗟に思った。――これでは戦争だ、と。

 難関のウェルダンUBを制覇するために遠い国で考案されたという新しい戦法だ。それがついにこの国にも持ち込まれた。

 出場者が会場の端に寄ると、そこから遠いモンスターたちにはそれが見えず、まったく攻撃しようとしない。つまり見える範囲のモンスターだけを相手にすればいい。
 しかし欠点もあった。倒されないモンスターは最後まで残る。フェニックスが登場するころには、会場の半分は多量のモンスターで埋まっている。下手に前進しようものなら、彼らがいっせいに襲い掛かってくる。

 作戦は順調に進んでいるかのように思えた。しかしボス戦に向けて各人が動き出すと、固まっていたモンスターがいっせいに襲い掛かり、作戦は瞬く間に崩壊した。
 前線にいた彼も一気に押し寄せたモンスターに囲まれた。右端に固まっていた彼らに逃げ場所はない。前はモンス、後ろも横も壁だ。彼はまだ戦おうとしていたが、作戦を指揮していた者も、他の参加者も次々といなくなった。彼はモンスターに飲まれて見えなくなった。しばらくして、彼が他の出場者と共に倒れているのを見つけた。

 出場者はそれぞれ戸惑っているように見えた。みな指示を待ちながら、目前に迫ったモンスターを倒すので精一杯だった。そうして皆がやられていった。


 終了後、彼に会うためにウェルダンを歩いていると、作戦を指揮していた男エルフとすれ違った。この男エルフこそが、この作戦を持ち込んだ本人だ。
 男エルフは友人に愚痴をこぼしていた。「作戦に従わない連中がいるから成功しない」。
 男エルフのもどかしさも理解できたが、同時に、きっとこの作戦は定着しないだろうと思った。先に僕は、これを戦争みたいだと言ったが、もしも「戦争に負けたのは言うことを聞かない連中がいるからだ」と、一度の敗戦でぼやく君主がいたとしたら、誰がその君主に最後までついていくだろうか。


 友人のナイトは傷だらけの姿で僕を待っていた。もの凄い数のモンスターに囲まれ、逃げる暇も場所もなかったという。僕はモンスターに飲み込まれる彼の姿を思い出した。見ているだけの僕がぞっとする大群だった。
 彼は高価な薬を多量に使った。この作戦では途中の配給も受け取れない。大赤字だろう。しかも、ろくに戦うことができなかったそうだ。彼は何度か、悔しそうに膝を叩いた。

 僕は、さっき聞いた男エルフの言葉を彼に伝えようかどうか迷った。でも彼の顔を見ていたら言わないでおこうと思った。
 彼も腑に落ちない顔をしていた。作戦は会場に入ってから急に説明があったという。統制が取れないのも当たり前だった。彼は一言、「誰だってまだ手探りなんだ」と弁護した。ウェルダンUBを完全制覇するためにはどうしたらいいのか、皆が探しているのだろう。

 僕は、これからもこの作戦が続くのだろうかと彼に尋ねた。彼は分からないと答えた。「皆の賛同が得られるなら続くかもしれない」。
 そう言うと、彼は回復薬をいっぱいに買い込んで狩り場に向かった。次のUBに出場するお金を稼ぐためだ。


 もしもこの作戦が定着するなら、走り回ってバッタバッタと敵を倒していくナイトや、ナイトを援護しながら厄介な敵を遠距離攻撃で倒していくエルフや、恐ろしいモンスターたちを引いて競技全体の流れをコントロールするウィザードの妙技が見られなくなるかもしれない。それは寂しい。けれどフェニックスを倒すところも見たい。僕はとても複雑な思いがした。





最新の日記へ