リネージュ日記
<アデン・エルモア荒れ地・ハスキー犬・アデン落城・アジト貯金・勇気の印>


 アデンはとても大きな町だった。

 今日、僕は初めてアデンを目指した。
 この国でアデンという町を知らぬ者はいないだろう。アデンはこの国で最も栄える都であり、全ての町を統べる中枢部でもある。僕も最初はアデンを目指した。
 アデンを治めているのは反王ケンラウヘルだ。僕も彼の名を知っていた。
 反王。つまりケンラウヘルはもともと反体制の勢力だ。いまのアデンは彼に奪われている。故に、アデンは入城が厳しく制限されていた。

 先日、その制限が緩められることになったという。まだ他の町のようにテレポート屋で移動することはできないが、歩いていくことはできるというのだ。

 アデンへと抜けるルートは幾つかあるが、僕が選んだのは、最も近道である、ハイネから北東へと向かうルートだ。
 このルートは鏡の森の真ん中を突っ切ることになる。鏡の森とは、自らを映す鏡、すなわちドッペルゲンガーの巣窟だ。
 ドッペルゲンガーは人に化けるのが得意だ。化けた人を殺し、その人になりすますと聞いたことがある。人に化けたドッペルゲンガーは、慣れた人でさえ、よく見ねば見分けられないという。たぶん僕では見分けることが出来ない。
 心配していると、近くにいた人が簡単な見分け方を教えてくれた。
「斬りかかってきた奴と、自分に化けている奴がドッペルゲンガーだ」
 僕は目から鱗が落ちるかと思った。が、あとになってから、ずいぶんと乱暴な見分け方だとも思った。

 新しい狩り場へ向かうときには入念に準備した方がいい。僕はいつもより高価な薬を、いつもより多めに持って出発した。万全を期すために、ヒューイとルーパスは置いていくことにした。何が起きるか分からないので、彼らには危険すぎる。代わりにサモンモンスターで召還したモンスターを連れていくことにした。

 先の見分け方は乱暴ではあったけど、実際には役に立った。何体かの僕に化けたドッペルゲンガーが襲ってきたが、なんとか倒すことができた。サモンしたモンスターのおかげだ。彼らは強い。戦闘だけならヒューイやルーパスよりも役に立つぐらいだ。

 北東に向かって真っ直ぐに進むと、森が開け、その前に信じられないくらい大きな城壁が現れた。アデンだ。

 アデンの城門で、僕はどこか冷めている自分の気持ちに気づいた。
 いまの僕は、闇雲にアデンを目指して船に乗ったときの僕ではない。船が難破して辿り着いたのは歌う島だった。僕の冒険はそこから始まった。また、そこから変わったと言ってもいい。
 僕は、歌う島や話せる島、それからメインランドなどで様々なことを知った。僕をかき立てていたあの気持ちは、どこか遠い記憶であるかのように冷めてしまっている。

 アデンはとても大きな町だった。でもそれだけだった。とても大きな、けれど他と変わらぬ町だった。



 力試しを兼ね、一人でオーレンに向かった。オーレンと言えば象牙の塔だが、今回は東にあるエルモア荒れ地が目的地だ。
 普段ならヒューイやルーパスを連れて行くところだ。あるいはサモンでもいい。だが彼らを連れていけない理由があった。

 荒れ地には、エルモアゾンビが出現する。手強いアンデットモンスターだ。エルモアゾンビウィザード、エルモアゾンビジェネラル、エルモアゾンビソルジャーの三種類がいる。
 彼らは、僕が普段戦っているゾンビやグール、スパルトイよりも遙に強い。以前アイスクイーンが復活したとき、彼らがBK荒れ地にまで出現したことがあった。エルモアゾンビが1体出るだけで僕は苦戦を強いられた。
 しかもエルモア荒れ地では、彼らがまとめて出現することがあるという。
 通称エルモア一家と呼ばれるその集団は、かなり強いと聞いた。犬やサモンモンスターを一瞬で倒してしまうほどの強さだ。
 特にソルジャーは槍を使う。犬も人間もまとめて薙ぎ払われるのだ。僕も犬も一度に瀕死になったら助けられない。だから一人で行くしかない。

 象牙の塔の村で準備を整え、僕は荒れ地に向かった。
 荒れ地に入ってすぐにウィズダムポーションを飲んだ。これは魔法の力を高めてくれる薬だ。これで魔法の攻撃力が増すのだ。つまりターンアンデットが掛かりやすくなる。ターンアンデットが決まればエルモア一家も怖くないはずだ。
 それからブルーポーション。マナの回復を速めてくれる。ターンアンデットはマナを消費するから、マナが切れないように注意しなければならない。

 真っ先に見つけたのはソルジャーだった。僕を見つけるなり、もの凄い速さで迫ってきた。ブラックナイトなんかよりもずっと速い。僕は慌てて魔法を使おうとした。が、一瞬狙いがはずれてしまう。その間にもソルジャーは接近し、少し離れた場所から槍を払った。槍の切っ先は僕の身を斬った。
 が、思ったよりも痛くはなかった。
 僕にはソルジャーの姿がブラックナイトに重なって見えた。ブラックナイトも長い槍を使う。彼らは薙ぐことはしないが、やはり遠くから突き刺すように攻撃してくるのだ。ソルジャーに襲われた瞬間、僕は逆に冷静になった。そして落ち着いてターンアンデットをかけた。黄色く輝く光のつぶが集まり、弾けるように拡散した。そして魂を失ったソルジャーは、その場に崩れた。

 その後は、初めての狩りとは思えないほど落ち着いて行動ができた。
 ソルジャー、ジェネラルはターンアンデットで倒す。魔力の高いウィザードにはかかりにくいから、それはSOMで叩く。マナも吸えるので一石二鳥だ。

 エルモア一家が出たこともあったけど、真っ先に迫ってくるソルジャーをターンアンデットで倒し、それからジェネラルもターンアンデットで倒し、残ったウィザードを叩くという流れが出来てしまうと、そう怖くはなくなった。
 が、どうにもマナの効率が悪い。しばらく狩っているうちにマナが尽きてしまった。きっと僕の借り方が悪いんだろう。仕方が無く、一旦戻ることにした。


 このエルモア荒れ地は知力を試せる場所でもある。魔力は知力で決まると言ってもいい。僕は、僕の魔力が通用するのか確かめてみたかった。
 それに、一人で狩ることは良い訓練にもなる。ヒューイやルーパスがいなくても狩りが出来るようになった方がいい。これからは、彼らに頼らない狩りも必要だから。
 僕はこの狩りで、少しだけ自信を得ることができたかもしれない。



 オーレンに来たついでに、僕はあるものを見に行った。
 まずオーレンから東へ。荒れ地を抜けてアデンへと向かう途中、閑散とした林がある。白く覆われた林を、灰色の毛皮をまとった強面の犬が走っていた。雪の中だというのに、彼らは自在に走り回っている。そう、この辺りで最近になってよく見るようになったハスキー犬だ。

 少し前から、ハスキーを連れ歩くのが町で流行っていた。もちろん愛玩用ではなく、狩りの友としてだ。彼らはドーベルマンやシェパードのように役に立つ。僕は一度、自然の中にいる彼らを見てみたかった。彼らは元気良く雪の中を走り回っていた。

 僕は、他の犬と同じようにハスキーを手なずけてみることにした。
 目を付けたのは、ちょっと小柄なハスキーだ。彼は僕を見て立ち止まった。そして、興味を引かれたようにこっちへ寄ってきた。僕が肉を与えると、喜んでそれを食べた。
 寒いエルモアの地で、僕はそのハスキーと一緒に走り回った。ちょっとだけ狩りもした。彼はなかなかに動きが良く、しかも勇敢で、また従順だった。誰に教わったわけでもないだろうに、僕の命令にきちんと答えてくれるのだ。

 ひとしきり遊ぶと、僕は村に戻ることにした。
 すると彼は僕のあとを着いてきた。彼の生まれ、育ってきた林を離れて。

 僕もかつて村を出た。僕にはやりたいことがあった。いや、ただその時の自分に我慢ができなかったのかもしれない。それとも何かを探していたのか。
 彼も何か思うことがあるのだろうか。彼はただ黙って僕のあとを着いてきた。僕には彼を追い払うことはできなかった。

 でも僕にはもう相棒がいた。ヒューイ、ルーパス。他にも、一緒に狩りには行っていないけど、ゴローやドーリーもいる。
 僕は、彼を他の人に預けることにした。同じクランのグノーム氏だ。飼い主を探してくれると言う。

 彼はそれを察したようだった。本当に賢い犬だ。少し寂しげな顔をした。けれど素直にグノーム氏についていった。
 恐らく彼は主人を探していた。僕は彼の主人にはなれなかった。これで良かったんだ、と思った。


 後日、グノーム氏から連絡があった。件のハスキー犬は、とある君主に引き取られたそうだ。犬を大切に扱う人だという。僕は安堵しつつ、彼の幸せを願った。



 アデン城では戦いが続いている。反王ケンラウヘルからアデン城を奪取するため、国中の冒険者が力を合わせた。そして二度目の攻城戦で、遂にアデン城が落ちた。
 反王ケンラウヘルは逃走し、どこかに身を隠したという。

 これでひとつの危機が去った。国中で歓喜の声が沸き起こった。
 僕はその歓喜の声を、遠くで聞いていた。とても複雑な心境だった。悦びよりも安堵があり、祝福よりも残念な気持ちが心を支配していた。
 何かが終わったような気がした。終わらせるべきだと気づいたのかもしれない。

 かつて戦争があった。戦の炎は周辺地域を巻き込み、戦争という名目で蹂躙した。僕の故郷は自衛の力さえ持たないちっぽけな村だった。
 その戦争を起こした者こそ反王ケンラウヘルだった。彼は戦争に勝ち、自らが王の座に着いた。
 そしていま彼は敗れた。彼によって奪われた城は取り戻された。
 だが、彼によって失われたものの多くは戻ってこない。それは僕にも分かっていたはずだった。



「アジト貯金を始めようと思います」
 君主のMao氏から手紙が届いた。冒頭の一文を見て僕は目をみはった。
 アジト、それは血盟にとってひとつのステータスと言ってもいい。僕もアジトには憧れを持っていた。

 発端は引退者だ。冒険を引退することになった人が、いくらかの財産をクランに残していった。だがMao氏はそのお金の処置に困った。僕らのクランでは、これまでクランとしてお金を貯めることをしてこなかった。
 迷うMao氏の耳に届いたのが、大規模なアジト競売の噂だった。

 その噂は、先日のアデン城奪還によって、アデンの城内にあった多くの家が売り出されるというものだ。それは空前の規模になるのだとか。
「アジトがあるといいよね」とMao氏がつぶやくように言った。
 提案を聞いたクラン員は頷き、僕も含めて盛り上がった。念願のアジトを手に入れるんだ、と。

 実をいうと、アデンの落城以来、僕はやる気を失っていた。目的を失ったと言えばいいだろうか。漫然と狩りをするのにも疲れていた。
 だから僕は、Mao氏の提案に飛びついた。これはチャンスだ、いまを逃す手はない、と思った。

 ところが事は簡単ではなかった。
 数日後、アジトの相場を知らない僕は、貯金の目標金額をMao氏に尋ねた。Mao氏はなぜか言葉を濁した。
 僕はその理由を推察することができず、もう一度尋ねた。するとMao氏は、目の丸くなるような金額を口にした。1500万アデナだった。
 それは僕らのような貧乏クランにとって、途方もない金額だった。僕が恐る恐る「何とかなりますよね?」と尋ねると、Mao氏は苦笑いしながら小さな声で首を振った。「無理でしょうね」と。それはたぶんMao氏の本心だった。
 そのときのMao氏の顔は、僕には忘れられなかった。

 僕の所属している「ころがる天使たち」は、大きなクランではない。活発にお金を稼ぐ人も少ない。そもそも個人の行動を尊重してきたクランだ。君主のMao氏を筆頭に、みんなに無理を強いるなら辞めよう、と言い出しそうな人ばかり。僕もそんなクランが気に入っていた。
 それにアジトの競売日時も近かった。一から貯金を始める僕らには、時間が無いことは致命的だった。
 クラン員は、みな君主の提案に賛成した。そして盛り上がった。けれど、「これは無理だな」という雰囲気が漂っていた。

 そんな様子を見ながら、僕は、あのときのMao氏の表情を思い出した。そこに僕自身と同じものを感じた。
 Mao氏も目標を探していたのではないだろうか。たとえ無理だとわかっていても、クラン員と一緒になって、その目標に向かって何かをする。そういう目標自体が欲しかったのではないか、と。
 でも僕は、だからこそ、絶対に無理だとは思って欲しくなかった。

「できるところまでやってみましょう。今回は無理でも、次のチャンスのために貯めておけばいいし」
 とMao氏は言った。僕は諦めきれなかった。
 誰かが頑張ってお金を貯めれば、それを見た他のクラン員も頑張ってくれるかもしれない。みんなが少しずつでも多めにお金を出せば、何とか集まるんじゃないか、と僕は思った。

 僕はまず自分の貯金を切り崩した。自分の決意を確固たるものにするためだ。パワーグローブという高価な防具を買うために貯め始めていたお金だった。僕はそれと、新たに稼いだお金を合わせて200万アデナをクランに寄付した。
 案の定、Mao氏は目を丸くした。そこまで本気でやるとは思っていなかったのだろう。でもそれは、僕の決意表明だった。



 サモンモンスターの魔法で、キングバグベアーを召還できるようになった。
 これまでのスケルトンガードは槍を持っていた。遠距離攻撃ができる点が良かった。キングバグベアーは近接攻撃しかないが、スケルトンガードよりも足が速く攻撃力は高い。より強い敵と戦えるようになる。
 うん、もっと頑張ろう。



 町や狩り場が騒々しくなった。見慣れない声が聞こえることがある。それに、小さな影が走り回っているのも気になる。
 砂漠でジャイアントが怒声を上げていた。その声は遠く僕らにまで轟いた。何事かと近寄ると、ジャイアントが目の色を変えてグレムリンを追いかけていた。グレムリンは「ケケケ」と笑って逃げ回っている。

 どうやらジャイアントの勇気の印をグレムリンが盗んだらしい。グレムリンは悪戯好きで、おまけに手癖が悪い。その辺にあるものを何でも盗んでしまう。今回はジャイアントの住処に忍び込み、勇気の印というジャイアントにとっては大切なものを、多量に盗み出したという。彼らの怒りは計り知れない。が、グレムリンは足が速く、足の遅いジャイアントでは捕まえられない。彼らの怒りは空回るばかりだ。

 そこでジャイアントは一計を案じた。僕ら人間に助けを求めたのだ。グレムリンから勇気の印を奪い返せば、その数に応じて報酬をくれるという。200個集めれば奇跡の指輪と交換してくれる。奇跡の指輪といえば、かなり高価なものだ。それに僕は奇跡のアミュレットを持っている。ふたつ合わせればなかなか良い装備になると聞いた。
 一つ目標ができた。頑張って集めてみよう。



 勇気の印を集めるのはなかなか骨が折れる。グレムリンは足が速いので僕では捕まえるのが大変だ。という話をしていたら、ナナミィ氏が手伝ってくれるという。ナナミィ氏はエルフだ。エルフの弓ならグレムリンも逃げおおせないだろう。

 ナナミィ氏と一緒にギランの南に向かった。その辺りの森でグレムリンが多く出るという。グレムリンの捕まえ方を研究しつつ、しばらくそこで狩りをした。

 同じことばかりで退屈し始めた。今度はギランの西に行ってみた。森ではなく、ギラン外門の内側で、内門よりは外側。意外に広々とした場所だ。他に怪物のいないこの場所を、グレムリンたちが良く通っている。

 だんだんグレムリンの捕まえ方が分かってきた。効率的に勇気の印が集まる。ナナミィ氏に手伝っても貰ったのも効果的だ。僕ひとりでは手間取って苛立たしいインプを、ナナミィ氏はさっと片付けてくれる。

 ついに集めた勇気の印が200個間近となった。
 残り8個というところで夜が明けた。夜行性のモンスたちは姿を隠す。グレムリンの数も減った。僕らはギランケイブへ行くことにした。

 ギランケイブの3階で遂に残り2個になった。もうすぐだ!
 だがそこからが長い。狩っても狩っても勇気の印は手に入らない。ガーストもオークゾンビもたくさん狩った。オウルベアーも。彼らはどこから手に入れたのか、グレムリンが盗み出した勇気の印を持っている。だが狩っても狩っても勇気の印が出ない。そしてようやく1つを手に入れる。あと1つだ!

 最後の1個は呆気なく見つかった。倒したオークゾンビがぽろりと落とした。僕はそれを拾い上げ、喜び勇んでシルバーナイトタウンに向かった。

 SKTにラディエルという人物がいた。彼は人間だ。ジャイアントとの間で勇気の印を仲介してくれる人だ。200個の勇気の印を奇跡の指輪と交換して貰った。
 初めて見る奇跡の指輪はとても神々しかった。思ったよりも大きい。だが重さはほとんど感じないし、邪魔にもならない。以前手に入れておいた奇跡のアミュレットとセットで身につけると、自分を守る強い力を感じた。同時に、体の奥から何かが湧き出してくる感じがする。これはきっとマナだ。

 ひとつ良いものを手に入れた。僕らは一息つくと、再び狩り場へと向かった。せっかく二人でやってるんだから、もうひとつ手に入れないと。



 勇気の印はほぼグレムリンから回収されたようだ。全てが回収できた訳ではないだろう。でもジャイアントたちは満足したようだ。人間との取引はうち切られた。

 一緒に印集めをしていたナナミィ氏とBK荒れ地へ向かった。ナナミィ氏がいるとアンデットの掃討が早くて助かる。おかげでいつもより狩りがスピーディーになる。もちろん安全性も高くなる。ブラックナイトもたくさん倒すことができた。
 難点は、任せきりになってしまうとマナスタッフでマナを吸収できないこと。BK荒れ地ではブラックナイトに対して魔法をかなり使う。フローズンクラウドやファイアーストーム、それからヒール。もちろんマナを相当消費する。その分はアンデットから吸収することで補っている。

 ナナミィ氏は、見た目ちょっとぼんやりとした所のある人物だ。惚けたところもある。でも弓の腕前はなかなかだ。ナナミィ氏が銀の矢を放つと、アンデットたちはあっさりと倒れてしまう。ナナミィ氏に触ることすらできずにだ。僕がマナを吸収する暇などあるはずもない。

 ナナミィ氏と相談して、僕のマナの力が弱まってきたら、しばらく傍観して貰うことにした。



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