リネージュ日記
<クリスタルスタッフ・デスナイト・マステレポート・象牙の塔・フルヒール>


 先延ばしにしてきたウィザードの試練を受けることにした。まずはアンデットの骨を手に入れなければならない。場所はTICの入口だ。ここにいる若者に声を掛け、遺跡に入らなければならない。遺跡に入れるのは一度に一人だけ。前はここに長蛇の列が出来ていた。列はまだあるが、待ち時間は少なくなっている。列に並びながら、既に試練をクリアした人達からのアドバイスをもらい、試練クリアの為の手順を確認する。
 遺跡では、いくつかの敵を倒すことでアンデットの骨が手に入るらしい。この試練を難しくしているのは、普段の装備品が使えないという縛りだ。薬の助けも使えない。使っていいのは、ある種の魔法の発動に使用する魔力の石だけ。ほぼ自分の持っている力だけで戦わねばならないのだ。まさに試練だ。

 遂に順番が来た。遺跡に入ったら魔法の無駄遣いは出来ない。事前にヘイストをかけ、サモンモンスターを召還して入念な準備をする。意を決して洞窟に突入した。
 遺跡は予想よりも広い。事前の情報が無ければ迷っていたところだ。まずは右の方に進む。広い場所に出た。ゆっくりと近づいてくるモンスターがいる。ゾンビだ。こいつからゾンビの鍵を手に入れる。
 普段、ゾンビぐらいなら楽に倒せるが、この無防備な姿では難しい。サモンしたモンスターに倒させてしまえば簡単だろうが、そうすると肝心の鍵が手に入らない可能性がある。アドバイスされていた通り、ターンアンデットを放った。ゾンビはあっさりと粉砕。粉のようになった死骸から鍵が出てきた。これでまず一つ。
 更に先に進むと、一番の苦難が待ち受けている。扉の向こうに巨体が見えた。ブルートだ。ドスドスと足音を響かせながら歩いている。しかも動きが速い。どうやらヘイストと同じ効果を手にしているようだ。
 扉の前で手順を思い出す。このブルートは変身した姿だ。本当はスケルトンなのだ。まずキャンセレーションで変身を解除する。スケルトンが現れたら、それをターンアンデットで倒す。相手の動きが速いので、先に動きを遅くするスローをかけておいた方がいい。
 頭の中で何度も手順を繰り返した後、僕は意を決して扉に手を掛けた。その時、扉の隙間から巨体が見えた。ブルートだ。その大きさに僕は怯んだ。慌てて扉を離れる。しばし深呼吸をした後、そうっと隙間から覗いた。ブルートはいない。どうやら遠くに行ってしまったようだ。今のうちだ。僕は扉を開けた。
 途端、部屋の隅で巨体が振り返った。この静かな遺跡で侵入者を見過ごすわけがなかった。
 ブルートはもの凄い速さで僕に迫った。思ったよりも足が速い。僕は焦った。慌ててキャンセレーションをかける。ブルートは変身した姿。その中から本体が姿を現した。スケルトンだ。
 スケルトンの動きは速かった。僕が次のターンアンデットを唱えるよりも速く僕に接近し、剣を振りかざした。腕に激痛が走る。今までは装備で守られていたが、今の僕は裸同然だ。スケルトンなんて怖くないと思っていたが、あまりの痛さに僕は冷静さを失った。スローをかけるのを忘れたのだ。
 僕はひたすらスケルトンから逃げた。部屋の中をぐるぐる。僕の方が少しだけ足が速いのが幸いした。僕は一瞬立ち止まって魔法で回復する。その間に距離を詰めたスケルトンが僕を斬りつける。僕はまた逃げる。距離を取ってから回復。またスケルトンが斬りつける。その繰り返しだ。サモンしたモンスターに指示を出す余裕もない。彼等は僕の後を追いかけるだけ。この時ばかりは、まったくの役立たずだ。
 このままではラチがあかない。僕は意を決して立ち止まった。スケルトンの剣が僕を襲う。僕は一か八か、スケルトンに斬られながら、ターンアンデットを放った。何も起こらない。スケルトンの剣が肩口に落ちる。僕は昏倒しそうになった。が、ここで倒れたら負けだ。最後の力を振り絞り、もう一度ターンアンデットを放った。
 すると、黄色い光がスケルトンを包んだ。光が細かく飛び散り、スケルトンも粉々になって吹き飛ぶ。成功だ。まさに木っ端微塵となったスケルトンの残骸から、僕は鍵を手に入れることが出来た。

 僕は意気揚々と先に進んだ。扉を開けて遺跡の奥へ。ここから先は、そう危ない敵はいないはずだ。が、すぐに後ろから嫌な気配を感じた。振り返るとブルートが迫ってきた。どうして? さっき倒したはずなのに! 僕は慌てて走り出した。もう一度戦う余裕なんてない。先へ進んでしまった方が得策だ。
 僕は、事前にアドバイスされたことを思い出した。ブルートの部屋を過ぎたら扉は閉めた方がいい、と。つまりこういうことだったのだ。僕は走った。すると目の前に扉があった。僕は扉に飛び込んだ。だが扉を閉めようと思って気づいた。サモンしたモンスターが追ってきていない。彼等は僕より足が遅いのだ。ブルートと同じぐらいかもしれない。
 僕は焦った。サモンしたモンスターは今後使う予定だ。ここで見捨てる訳にはいかない。僕は待った。2匹のサモンとブルートの競争だ。1匹のサモンが、ほんの一瞬速く扉をくぐった。その瞬間に僕は扉を閉めた。激しい戦闘の音が扉の向こうから聞こえた。残された1匹のサモンに、ブルートが襲いかかったのだろう。しばらくすると、その音は消えた。ブルートの足音だけがドスドスと響く。サモンは1匹無駄にしたけど、どうにか助かった。僕は先へと進んだ。

 大きな広間に出た。スイッチのようなものがあり、そこにゾンビのようなものが立っている。スイッチは4箇所。3箇所にはすでにゾンビがいる。ここでサモンを使う。残りの1箇所にサモンを立たせればいいのだ。そうすれば地下への扉が開く。
 だがその前にやっておかなければならないことがある。部屋には1匹のオークゾンビがいる。こいつを何とかしなければならない。
 方法としては幾つかある。まずこのオークゾンビをテイムして、スイッチに立たせてもいい。あるいは倒してしまってから、クリエイトゾンビでゾンビ化しても良い。でも僕にはサモンがいる。敵はやっつけた方がいい。サモンがいれば、こんな奴は楽勝だ。
 あっさり勝負をつけると、僕はサモンをスイッチの上に置いた。部屋の中央にあった扉が開く。僕はしばらく休むことにした。次が最後の敵だ。ここで十分にマナを回復させておいた方がいいとアドバイスされていたのだ。どうやら敵がやってくる気配はない。僕は警戒しながら、マナが回復するのを待った。そして、とうとう最後の階段を下りた。

 地下に降りると、すぐに地震のような音がした。魔法だ。誰かが戦っていた。どうやら先客がいたらしい。この部屋にいる魔法使いの化け物のような敵を倒すと、僕が求めているアンデットの骨が手に入る。先客は苦戦しているようだ。敵に追われ、柱を盾にしながら必死に戦っていた。やがて、彼はマナが尽きたのだろう、諦めて帰還してしまった。
 そうなると、標的は僕になる。敵――ラートアンデット――はすぐに僕に向かってきた。そして両手を振りかざす。魔法発動の動作だ。地面がめくれあがり、僕に向かってきた。イラプションという魔法だ。僕は反射的に目をつぶった。即死でもしたらどうしよう。僕はただ身を固めた。
 だが、僕は別の意味で驚いた。敵の魔法は、あまりにも弱かったのだ。
 なんだ、と僕はため息をついた。こんなの何発貰っても痛くない。拍子抜けもいいとこだ。僕は余裕綽々で魔法を唱えた。ターンアンデットだ。運が悪いとなかなか掛からないらしいが、2発目でかかった。僕はあっさりとアンデットの骨を手に入れた。

 アンデットの骨を手に入れた僕は、話せる島の村に戻った。すぐ村を離れ、島の南東にいるグンターの元を訪れた。そこからたらい回しが始まる。TICにいる助手の元へ。更にはMLC(メインランドケイブ)の7Fにいるオリムの元へ。そこで10万アデナも払ってクリスタルボールを買う。なんでこんなに高いんだと不満をいいつつ、グンターの元へ戻る。ようやくクリスタルスタッフを手に入れた。だがこいつはまだ使えない。最後は象牙の塔だ。3Fの奥にいるタラスという最長老の元を訪れ、遂に本物のクリスタルスタッフを手に入れた。

 クリスタルスタッフを持っていると、マナの回復が早くなる。普段、早く回復させたいときには青色の魔法回復薬(通ブルーポーション)を使うのだけど、このクリスタルスタッフを持っているだけで、回復がそのブルーポーションより早い。しかも薬と併用が出来、かなりの早さでマナを回復できるのだ。
 まぁ、僕としてはマナスタッフの方が使い勝手がいいのだけど、持っておいて損はないと思う一品だろう。



 オリムからの帰り道、僕は凄い物を目撃した。

 そのとき僕は、オリムのいるメインランドケイブ(MLC)7Fからの帰り道が分からず、しばし迷いながら狩りをしていた。すぐに帰還スクロールを使っても良かったのだけど、意外に狩りが出来ることに気づいたのだ。ここで狩りをしてもいいかもなぁと思いつつ歩いていると、何やらケイブ内が騒々しくなった。テレポートを連発し、現れては消えていく人達が急増した。

 このような狭い遺跡や洞窟では、歩き回る手間を省くためにテレポートを使う人も多い。故にそう珍しいことではない。だがこの時の彼等は、どこか様子が違っていた。僕は嫌な予感を感じた。早めに切り上げた方が良さそうだ……と僕は注意深く辺りを見回しながらも、足を早めた。
 そして僕の悪寒は、すぐに現実のものとなる。

 通路をわずかに歩くと、壁の向こうが急に騒々しくなった。物音に振り向くと、崩れかけた壁の隙間から何かがチラリと見えた。――その瞬間、僕はバジリスクの息を浴びたかのようにその場で固まった。
 僕はそれを知っている。光り輝く鎧。スケルトンのような骨だけの体。鋭い眼光を思わせる、燐光を放つ骸骨の眼。――デスナイトだ。だがこの時の僕は、それをカッコイイとは思わなかった。僕の体は、驚きと恐怖で凍り付いていた。

 その時になって、僕はようやく気づいた。デスナイトが出るのはメインランドの深層。最下層であるこの7Fも例外ではない。
 本物だ。人間が変身しているんじゃない。あれは本物のデスナイトだ。

 デスナイト……それに変身した人なら、僕も見たことがある。アルティメットバトルで名を馳せる人の多くがデスナイトに変身している。デスナイトに変身できるのは、頂点を極めることのできる限られた強者だけだ。彼らは僕らの常識を木っ端微塵に吹き飛ばすほど強い。アルティメットバトルで、僕はその姿を何度も見た。
 だが本物のデスナイトなど見たこともない。その強さは僕などには到底計り知れないだろう。

「デスナイトが出た!」どこからか叫び声が聞こえた。
 テレポートする人達の動きが速くなった。デスナイトを退治しに来ている人達だ。この狭い洞窟を歩いていては間に合わない。だからテレポートを連発し、すぐ近くに飛べることに賭けるのだ。
 そうこうしている間に、デスナイトを見つけた人が突っ込んだ。デスナイトが反撃する。地面が揺れた。デスナイトの放った魔法だ。地震かと思うほど辺りが揺れ、デスナイトの足下から亀裂が走る。隣の通路にいる僕の足下まで崩れるかと思った。それだけで僕の背筋は寒くなった。
 だが僕は、咄嗟にテレポートを使っていた。1回。2回。恐怖で体は震えていたが、何かが僕を動かした。好奇心なのか、それとも欲望なのか。デスナイト退治に参加してみたい。普段口にもできないことを僕は思った。
 さっきまで壁一つ向こうにデスナイトがいたのだ。すぐ目の前だ。たとえやられたとしても、何かが掴めるかもしれない。漠然としたこの不安を消せるかもしれない。

 だが、壁一枚の距離が遠かった。残念なことに、僕がデスナイトのいた場所にたどり着いたとき、既にデスナイトは大勢の冒険者に退治された後だった。



 象牙の塔の村を歩いていると、デスナイトが歩いていた。僕は一瞬身じろぎをした。先日見たデスナイトが思い起こされる。だがすぐに冷静さを取り戻した。そのデスナイトは、正確にはデスナイトに変身しているナイトだった。

 休憩がてらに倉庫の辺りをうろうろしていると、魔法書の売りが出ていた。マステレポートだ。
 マステレポートとは、そばにいる血盟員を一緒にテレポートさせられるという高度な魔法だ。特に急いで手に入れるようなものでもないが、価格は安めだったし、せっかくなので買うことにした。
 売り手はスーザンという人物らしい。連絡をとって、すぐに会うことになった。待ち合わせ場所は象牙の塔の村の掲示板。すぐ近くだ。僕はいそいそと掲示板に向かった。すると、掲示板の前にはさっきのデスナイトがいた。何やら人待ち顔だ。仲間と待ち合わせでもしてるのだろう。
 こうして見ていると、オレンジ色に光り輝く鎧は格好いいことこの上ない。僕には到底望むことのできない代物かもしれないけど、やはり憧れずにはいられない。
 不意に彼と目があった。僕は慌てて目を逸らした。ジロジロ見ていたので気に障ったのかもしれない。彼は僕の方へ向かってきた。僕は戦々恐々とした。どうしよう。間違いなくこっちに近づいてくる。やっぱり怒ってるのか。あんな剣で斬りかかられたら真っ二つになってしまう。
 彼は僕の前で立ち止まるや、ニカッと笑った。「どーもー」。あまりに軽快な口調に僕は拍子抜けした。誰あろう彼こそがスーザン氏だった。僕は彼の最初の笑顔で、すっかり緊張が解けてしまった。
 さっそく取引に入った。が、彼は困り顔で荷物をひっくり返した。どうやら肝心の魔法書を忘れてしまったらしい。「ちょっと待ってて」と言うと、彼は慌てて倉庫に駆けていった。その背中が妙に可笑しくて、僕はまた笑ってしまった。彼は凄い実力の持ち主に違いないのに、この屈託の無さは何なのだろう。不思議な人だ。
 戻ってきた彼の手には魔法書が抱えられていた。取引は無事に完了。マステレポートを手に入れた僕は、すぐに魔法書を持ってテンプルへと向かうことにした。別れ際、スーザン氏はやっぱりニカッと笑った。最後まで明るい人だった。


 テンプルでマステレポートを覚えたあと、ついでにギランに飛んだ。向かったのは広場。中央に大きな十字架のある、ギランの中心部だ。
 このときは、珍しく人通りが少なかった。それでも行商をしている人がいる。その中にお目当ての原石買いの行商人がいた。原石――つまりミスリルの原石だ。
 さっそく交渉をして、200個ほど買い取って貰うことにした。これだけでも15万アデナの収入になる。今まで貯めてきたのがここで役に立った。マステレポートで使ったお金を補充して余りある程だ。今度はぜひフルヒールの魔法を買おう。



 せっかく象牙の塔の村に来たのだからと、象牙の塔へ行ってみた。先日の試練で来た場所だ。その時には3Fで魔術師に会っただけだったが、今回は更に上の階を目指した。4Fから上は、モンスターの巣窟になっている。
 塔には、いままで見たこともないモンスターがたくさんいた。どれも曲者だ。
 リビングアーマーはヒューイやルーパスを狙い打ちしてくるので気を付けなければいけない。アイアンゴーレムは頑丈で倒すのに時間が掛かる。鈍重で頭も悪いので危険は少ないが、思い切り振りかぶってから叩き下ろす鉄の拳はとんでもなく痛い。すれ違うこともやっとの狭い通路で挟まれたときには、さすがに生きた心地がしない。そういう狭い場所に入るときには、行く先に危険がないかどうか、ちゃんとチェックしなければならない。
 しばらく狩りをしていると、あることに気づいた。すれ違う冒険者がエルフばかりなのだ。しかも、みな犬を連れている。ナイトはほとんど見られないし、ウィザードだって多くはないし、君主も滅多にいない。どうしてだろう。

 塔ではテレポーターで階を行き来する。上の階に上がると、6Fからは潜んでいるモンスターが一変する。ひょっとしたら、塔では色々な実験が繰り返されていて、このモンスターたちもその産物か、あるいは実験に使われる検体なのかもしれない。
 6Fから上は、アンデットの巣窟だ。赤や青のぼーっと光る奴や、大きな鎌を持ったデスなんていう化け物も出る。彼らの攻撃はさほど強くはないが、僕の攻撃はなかなか当たらないので非常に厄介だ。倒すときには、もっぱらヒューイやルーパスに任せる。あとは、ターンアンデットを使う。これは便利だけど、連発するとすぐマナが尽きてしまうし、僕の攻撃は当たらないのでマナスタッフでのマナ吸収も役立たない。マナの配分がなかなかに難しい。
 なるほど、この塔にエルフが多いのがようやく分かった。エルフは弓が得意だ。弓は遠距離から攻撃できる上に、エルフたちの攻撃は非常に正確で、攻撃の当たりにくいゴーストなども簡単に倒せるのだろう。アンデットに強い銀の矢や、ミスリルの矢を使えば更に効果的だ。それならば美味しい狩り場かもしれない。
 逆に言えば、他の者達には、あまり美味しくない狩り場とも言える。だからエルフの割合が多くなっているのだろう。

 でも、しばらくは塔で狩りをしてみることにした。回復薬が案外手に入るのだ。オレンジポーションなどは普段の狩りでも役に立つ。加えてb-teleと言われる祝福されたテレポートスクロールも手に入る。稼ぎはそう多くはないけど、アイテムが手に入るのはやっぱり嬉しい。



 今日も稼ぐぞ、と思いながら勇んで塔に向かった。テレポーターで上の階に上がると、いきなり目の前にアイアンゴーレムがいた。僕は反射的に攻撃を仕掛けた。
 が、それがいけなかった。突然、背中にもの凄い衝撃が走った。息が止まるどころか、背骨が砕けそうな一撃だ。背後にもアイアンゴーレムがいたのだ。強引に振り向かされた僕は、さらに驚愕した。1体だけじゃない。周りにはまだまだアイアンゴーレムがいた。しかもすぐ近く、彼等の振り上げた拳が今にも届く距離だ。僕はアイアンゴーレム4体の真ん中に飛び出ていたのだ。
 鈍く光る黒い巨体が一斉に僕に迫った。まさしく鉄の壁だ。黒く巨大な鉄の拳が次々に振り下ろされる。痛い! と思う間もなく僕は床に昏倒した。最悪な気分だった。



 フルヒールを買った。先日の忘れられた島での一件で、この魔法を手に入れることは絶対に必要だと思っていた。
 売り手はSnakuという人物だ。グル倉庫で待ち合わせた。値段は48万アデナ。僕の予算としては50万アデナだったのだけど、少しでも安く買えて良かった。今までのグレーターヒールの倍以上の効果がある。一人で使うには持て余すけど、仲間達と一緒に戦う場合には、緊急用としては重要だ。忘れられた島のような強いモンスターとの戦いで役に立つはず。

 魔法書を持ってさっそくローフルテンプルに飛んだ。像に向かって魔法書を掲げる。天から淡い光りが降り注ぎ、僕を包む柱となった。体に力が沸いてくる。それは僕の中に、清らかで力強く包み込む青白い霧のイメージとなって刻み込まれた。

 光が消えたとき、僕の胸には静かな哀しみが満ちていた。僕は押し込めていた記憶を思い出した。もう遠い昔のことのようだ。けれど決して遠くない。あれから何年も経ってはいない。あの時、もしも僕がこの魔法を持っていたら、消えてゆく命に何かを出来ただろうか。
 過去は取り戻せない。思い出しても仕方ないことだ。それを半ば振り切ろうとして海を渡ったはずだった。辛くはない。忘れることも叶わず、ただ哀しいと思い続けることが哀しいのだ。



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