リネージュ日記
<新しい試練・忘れられた島へ>


 ずっと前に、話せる島で狩りをしていた頃にミスリルの原石を大量に手に入れたのだけど、これまで倉庫に入れっぱなしになっていた。ギランへ行ったとき、ちょうどミスリルの原石を買い取っている人がいたので、せっかくなので売ってしまうことにした。倉庫の肥やしにしていても仕方ないものだ。
 買い取りをしていたのは女エルフで、どうやらここで買い取った物を使ってアイテムを作り、そのアイテムを売りさばいているらしい。何個あるか訊かれたので、600個ぐらいだと答えると、彼女の顔が固まった。傍で聞いていた人も驚いて苦笑いをした。確かに溜めすぎたと僕も思う。
 結局、100個だけ買い取って貰うことになった。1つ750アデナで合計7万5千の収入だ。彼女はそれで目的を達成したようで、原石の買い取りを終了していた。
 原石は意外に値打ちがある。残りも全部売ることが出来れば、新しく魔法を買うための資金に出来そうだ。問題はどうやって売りさばくか。まぁ、こまめに売ることにしよう。



 話せる島では、新しい試練が待っている。アンデットの骨を手に入れると、代わりにクリスタルスタッフというものを貰えるのだ。しかしアンデットの骨を手に入れるのは非常に大変で、僕はまだ試練を進めていなかった。
 試練をクリアする為には、まずアンデットのキーというものを手に入れなければならない。これは僕も既に持っている。話せる島の洞窟で、トレイタースケレトンガードというアンデットを倒すと手に入るのだ。ちょっと暇なときに狩りをしたら、意外に早く手に入った。

 アンデットのキーに関しては、僕はもう持っているから必要ないのだけど、ちょっと興味があってテストをしてみることにした。それは一人で行かないと手に入らないのか、それとも、犬やサモンモンスターがいてもいいのか。実は同じクラン員の妙命陰陽氏が、なかなか手に入らずに困っているようなのだ。犬やサモンを連れていってもいいのなら、もっと楽になるという訳だ。
 さっそくサモンを連れて話せる島の洞窟に向かった。中は同じく試練を受けているウィザードで一杯だ。モンスターよりも人間の方が多いという混雑ぶり。実はそれこそが、僕が試練をクリアしようとしない理由で、せっかくアンデットのキーを手に入れたというのに、それを使うために、長い時間を順番待ちに費やさねばならないのだ。これが厄介極まりない。狩りもせずに一所にずーっと列を作って待つなんて、僕には我慢できない。

 実を言うと、一度だけ並んだことがあった。狩りに疲れ、逆に退屈なこの順番待ちをしてみようと思ったのだ。並んでいる人達を雑談をしながら順番を待った。けどその時には、半分まで列を消化したところで急用が出来てしまい、残念ながら途中で離れざるを得なくなってしまったのだった。

 僕はサモンを引き連れ、洞窟でしばらく狩りを続けた。目の前で飛び上がって喜んだ人が居た。何だろうと注目すると、どうやらアンデットのキーを手に入れたらしい。彼は犬を連れていた。おめでとうと言うついでに、入手方法を聞いてみた。すると彼は、犬が持ってきてくれたと言った。つまり、犬やサモンを連れていても手に入ると言うことだ。
 良い情報を得たので、僕はテストを終了して村に戻った。妙命氏にも報告する。氏は喜んでいた。これで試練が少しは楽になる。
 狩りを終えた僕はサモンしていたモンスターを解散させた。召還されていたモンスターは消え、彼等が手に入れたアイテムはその場に残る。すると、幾らかのお金に混じって、鈍い色の古めかしい鍵が床に落ちた。この鍵には見覚えがある。そう、僕が持っているアンデットのキーと同じ物だ。
 僕は慌てて妙命氏に連絡した。彼女はすぐに話せる島の村までやってきた。僕のいた空き家に入り、床に落ちている鍵を拾う。その瞬間、アンデットのキーは妙命氏だけの物になる。アンデットのキーは、他の試練に必要となるアイテムと同様、最初に触れた人だけに意味のある代物なのだ。思わぬところでアンデットのキーを手に入れた妙命氏は、ほっとしたようだった。
 もちろん、これから長い順番待ちという、ある意味最も辛い”試練”が待っているのだけど。

 氏と別れて歩き出すと、明日加という名の女ウィザードに声をかけられた。まだ駆け出しのようだ。どこかオドオドしているように見える。彼女は「順番待ちを代理で引き受けてもいいですよ」と言った。つまり、試練の順番待ちを代わりにやってくれると言うのだ。そんな商売が成り立ってしまうということに少し驚いた。しかし、なるほど確かにそれはいいかもしれない。
 ただ、今はまだ慌てて試練をクリアするつもりはないので、申し出は断った。どうやら他にもそのテの商売をしている人がいるらしい。そのうち試練をちゃんとクリアする気になったら、お願いしてもいいかもしれない。


 その後、久しぶりに船に乗ってみることにした。ルーパスだけを連れて船の時間を待つ。久しぶりだったせいで出発の時間を勘違いしてしまい、3時間も待つことになった。
 こうして待つのも悪くはない。宿屋の前でルーパスと共に過ごす。今日は人が多い。この話せる島には、普段は駆け出しの冒険者が多い。が、ここ数日は試練をクリアするために、歴戦のウィザードが多く集まっているようだ。彼等はここで装備を整え、すぐに洞窟へと向かうのだろう。そうこうしている間に船が波止場に着く時間になった。
 久々の船だ。ルーパスと乗り込む。やがて他の客も乗り込んできた。今日は人が多い。これも試練の影響なのだろうか。海は穏やかで空も晴れやか。快適な航路は瞬く間に終わった。辿り着いたグルーディンは、普段BK荒れ地で狩りをするときにいつも使っている村だ。でも、こうして話せる島からやってくると、まるで別の村のようにも思える。以前、話せる島から初めてこの村に渡って来た時のことを思い出した。あれから随分経った気がする。

 グルーディンからルーパスを連れて北の森へ。習慣とは恐ろしいもので、気が付くとBK荒れ地に足が向く。だが人が大勢いて狩りの効率が悪い。そのまま東へ抜け、砂漠へと向かった。蟻を何匹か退治したあと、急に現れた2匹のバジリスクから逃れ、ウッドベック村へ。ヒューイも仲間に加えて、本格的に狩りをすることにした。今日の狩り場は蟻穴だ。祝福されたテレポートスクロールが残り少ないので補給をしなくてはいけない。買ってもいいが、蟻穴で手に入れた方が安上がりだろう。最近同じ場所でばかり狩りをしていたから、たまには蟻穴に潜るのもいい。
 ルーパスとヒューイを従え、オアシスを経由して蟻穴に向かった。たくさん稼げることを祈ろう。



 クランの人達と話していると、不意に誰かが言い出した。「忘れられた島へ行こうか」。
 忘れられた島――それは最近になって発見された、強大なモンスター達が闊歩する古代の島だ。大陸から隔離された島には数多くのモンスターが出現する。そのどれもが、大陸に生息するモンスターと似通っていながら、まったく別物と思えるほど強いという。
 しかも、忘れられた島では、僕らがいる大陸の理が使えない場合がある。中でも手痛いのが、僕らがいつも使っている帰還スクロールやテレポートだ。これは、町に一瞬で戻ったり、どこかへ一瞬で飛ぶものだ。便利なのには理由がある。怪物に囲まれても、これを使えばピンチを脱出することが出来るのだ。だが忘れられた島ではそれが使えない。つまり、緊急脱出の方法がないのだ。これは危険極まりないことだ。
 けれど、忘れられた島には、未知の財宝がたくさん眠っている。古代に作られた装備品などは、今では再現できないほどの力があり、高く取り引きされているという。より強い武器防具を求め、あるいは一攫千金を狙い、たくさんの冒険者が集まっているのだ。

 島へ向かうメンバーは僕の他に、同じクラン員でナイトの有間都氏とウィザードの妙命陰陽氏、そしてクランは違うが、ナイトの翠華氏の4人だ。船の出発まであまり時間がない。お互いに準備をして急いで船に乗り込むことになった。

 僕は倉庫からたくさんの薬を取り出した。高価な薬だ。これまでは不要と思って大事にとってあったが、今こそ使うときだろう。持てる限り荷物に詰め込む。枝も必要だろう。何度か忘れられた島に行っている妙命氏から、魔力の石をたくさん持っていった方がいいとアドバイスされた。忘れられた島のモンスター達は総じて動きが速い。強いモンスターが大量に出現したときには、相手の動きを遅くするスローの魔法が有効だという。スローの魔法を使うには魔力の石が欠かせない。
 たくさんの荷物を詰め込んで、僕はハイネに向かった。忘れられた島に向かう船は、ハイネの近くから出ているものだけだ。
 波止場に着くと人がいっぱいだった。船は出航の準備を済ませている。僕は急いで船に乗り込んだ。

 船は島へ向かう冒険者達で満載だった。押し合いへし合い。息が詰まりそうになるほどだ。僕はなんとか奥へと逃げた。だが後から後から人が入ってくる。そのうち身動きも取れなくなった。
 そこで悲劇が起きた。階段で雪崩のように人が崩れ、近くにいた数人が海に放り出された。僕も巻き添えだ。
 何てこった。まさか海に落ちるなんて思ってなかった。僕はパニックを起こしながら、懸命に浜へ泳いだ。そして急いで波止場に上がる。だが僕の目に見えたのは、悠々と出発する船の後ろ姿だ。忘れられた島へと向かう船は、僕を置いて行ってしまった。
 忘れられた島への旅がこんなことで終わってしまうのか。僕は大きく落胆した。そこへクランの人達から連絡が来た。彼等も慌てている。きっと僕がいないことに気づいたのだろう。
 「船に乗っちゃった!?」。彼等の慌て方は少しおかしかった。聞けば、彼等は全員乗り遅れたという。危うく僕は、たった一人で忘れられた島に乗り込むところだった。

 それにしても、このクランの人達はどこかのんびりとしている。そこが居心地がいいのは確かだけど、たまにこんな事態が起きると、僕はつい不安になってしまう。

 仕切り直して、次の船で忘れられた島へ向かった。今度はみんな船に乗ることが出来た。相変わらず船の中は満員で、僕らは立ったまま話をした。やがて、船は忘れられた島へと到着した。


 僕以外は、忘れられた島に渡るのは初めてではない。着くと同時に、素早く準備をして歩き出した。もう地理も分かっているようだ。僕は慌ててみんなの後を追った。
 出てくるモンスターは色々だ。バグベアー、キングバグベアー、ラミアなど僕もよく知っている怪物から、ミノタウルス、グリフォンなど、僕が戦ったことがない奴らも含まれている。しかも彼等の動きが速い。最初、僕はその速さに驚いた。現れたと思ったら、もう目の前に迫っているのだ。
 慣れている他の3人は、即座に戦闘態勢に入る。マゴマゴしていると、僕が怪物に攻撃できる態勢を整えたときには、既に他の3人が倒してしまっている。ここでは戦闘に対する慣れが非常に重要のようだ。
 「ウィザードはいかに速く攻撃に加わるかが大事」だと妙命氏が教えてくれた。彼女は”ツアー”と呼ばれる、見知らぬ者同志が協力する探検に数多く参加しているらしく、集団での戦闘に慣れている。自ら「大事」だと言うとおり、彼女はナイトでもないのに、真っ先にモンスターに飛び掛かっていくのだ。その勇気と行動力には惚れ惚れしてしまう。
 ウィザードとして経験豊富な彼女は、いくつかのアドバイスをしてくれた。きっと、僕にも分かるような単純なことしか言わなかっただろう。でも、僕は一度にそれを実行することは出来そうになかった。彼女はそれを察したのか、メインは自分がやるので、敵が多いときには片っ端からスローをかけて下さい、とだけ言った。

 僕がこの島での戦いに慣れてきた頃、とんでもない奴が現れた。僕らはその時、キングバグベアーやミノタウルスと戦っていた。一匹なら楽勝だが、その時は数が多かった。おまけに次々と沸いてくる。僕は時にスローをかけ、時に仲間の回復をしながら、懸命に戦っていた。
 その時だ。僕は背後に何か恐ろしい気配を感じた。今まで感じたことのない、不気味な気配だ。
 暗闇から何かが近づいてくる。バサリ、バサリと、巨大な羽ばたきが聞こえた。海岸沿いの闇からそいつは現れた。茶色の巨体、コウモリのような大きな羽。間違いない。ドレイクだ。実物を見るのは初めてだが、すぐに分かった。僕は血の気が引くのを感じた。
 本能的に、僕は逃げようとしていた。ドレイクに一番近い場所にいるのは僕だ。このままでは僕が狙われてしまう。有間都氏や翠華氏は、まだ他のモンスターで手一杯だろう。たった一人でドレイクに噛みつかれたら、きっと僕なんて一瞬でやられてしまう。
 良心が僕を咎めた。でも僕は、恐怖のあまりその場を放棄した。みんなの背後に隠れたのだ。
 その時には、他の3人もドレイクに気づいていただろう。真っ先に動いたのは有間都氏だった。目の前のモンスターを見限ると、大きな剣を振りかざし、単身ドレイクに突っ込んだ。それはもう、僕には恐ろしすぎて驚愕するばかりの光景だった。有間都氏は自ら率先して壁となり、ドレイクをくい止めた。
 僕も呆然としてはいられない。僕は妙命氏の言葉を思い出した。騒ぎを聞きつけて集まってくる他のモンスターに片っ端からスローをかけた。そしてドレイクと戦っている有間都氏の回復も手伝う。実を言うと、僕にはそれで精一杯だった。妙命氏などは、自分もモンスターと戦いながら、回復などの戦闘補助を行っていたのだ。これが経験の差なのだろう。
 有間都氏がドレイクを止めている間、他のモンスターを翠華氏が倒した。数が減ったところで、翠華氏もドレイクに斬りかかった。あとはもう、ドレイクを倒すしかない。3人は迷いもなくドレイクに攻撃する。僕も意を決した。空いているドレイクの後ろに回り込んで、思い切ってスタッフを振った。攻撃が当たっているかどうかも分からない。とにかく僕はスタッフを振り回した。
 ドレイクはバサリと地に落ちた。こうなると巨体が哀れになる。自重で羽は折れ曲がり、地を這って苦しそうに悶えるしかない。やがて断末魔の悲鳴をあげて息絶えた。僕は、ドレイクを倒したという達成感よりも、ただ死なずに済んだという安堵感で一杯だった。

 ドレイクを倒せたことで僕は自信がついたようだった。自分では意識していなかったが、その後の戦いは慌てずにこなせたと思う。けれど、それが仇ともなった。
 そろそろ薬も尽きかけてきて、戻ることも考えようかと話していた時のことだ。僕らは南の海岸沿いを歩きつつ、それまでと同じように戦っていた。その辺りには、ラミアなどの他に、ガーストという怪物が出現する。実はこのガーストというモンスターは、他のモンスターと違う特殊な毒を持っている。沈黙の毒。即ち、舌が痺れて喋れなくなるのだ。
 これはとても怖い毒だ。仲間と会話したり、助けを呼んだりも出来ないし、なにより、魔法が使えなくなるのだ。ウィザードにとってこれは痛い。
 僕は、ガーストと戦うのは初めてではなかったけど、コイツとの戦い方はよく知らなかった。沈黙毒の扱い方もだ。
 僕は魔法を使おうとして、初めて異変に気づいた。魔法が発動できない。僕は焦った。使おうと思ったのはクラン員を一度に回復できるヒールオールという魔法だ。僕以外の3人を回復できる。他の3人が結構な傷を負っていたのだ。この魔法が使えないと困る! 僕は更に焦った。舌が痺れてしまったことに気づかなかった。
 僕はやっと毒だと気づいた。けれど回復の仕方が分からない。馬鹿な僕は、なんと、魔法で解毒しようとしてしまった。当然魔法は使えない。解毒が出来るはずもない。僕はもっと焦った。ただエントの枝を使えば良かっただけなのに、初めてくらったこの沈黙毒に慌てた僕は、これが特殊な毒だと思いこんで、対処法に迷ってしまった。その間にもモンスターの攻撃は重なる。
 そして、僕が狼狽えている間に妙命陰陽氏が深手を負って倒れてしまった。

 妙命氏の怪我は重かった。彼女は自分の不注意だと言ったけど、僕は自分のミスだと思った。もし妙命氏と僕が逆の立場だったら、きっと妙命氏はピンチを切り抜け、僕も無事だったろう。僕がもっと戦いに慣れていて、焦らず的確に対処していれば、何も問題は無かったはずだ。
 加えて言えば、魔法だ。僕が回復に使っていたのはヒールオールの他には、グレーターヒールだけだ。だがもっと強い魔法が存在する。フルヒールだ。グレーターヒールの倍以上の効果がある。こういう場所での戦いでは必須といえるだろう。けれど僕は、お金を貯めることを優先して、この魔法を買っていなかった。僕にはもう使えるのに、だ。
 僕はただ申し訳なくて仕方なかった。

 妙命氏の怪我もあって、探検はこれで終えることにした。島の入口付近で集合し、島から帰るための唯一の手段であるテレポーターを利用して、アデン大陸へと戻った。めぼしい収穫はなかった。

 最後に海岸で戦利品の一部を並べ、しばしの雑談をした。ちょっと茶目っ気を出して、みんなで記念のポーズを取ったりした。反省点はあったけど、とても楽しくて、いい経験になったと思う。
 別れ際、船が見えた。これから忘れられた島へと向かうのだろう。「がんばれよー」。みんなで大声を張り上げ、手を振った。



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