リネージュ日記
<マナスタッフ・ひとときの平和・初めての変身とDVC>



 マナスタッフがなかなか手に入らない。お金は用意できているのに買えないのだ。実は数日前に、上等のマナスタッフが幾つも売りに出されたことがあった。金額はおよそ50万アデナ前後だった。これはかなり安い値段だ。でもその時の僕の所持金はわずかに足りなかった。泣く泣く見送った訳だが、それほど落胆はしなかった。なにせ3つも売りに出たのだ。結構簡単に買えるものなんじゃないかと安心した。だからお金を稼ぐことを優先し、いくつか売りに出たマナスタッフを、値段が高いということで見送ってしまった。
 ところが、お金が貯まってみると、なかなか売りに出されない。そして出たかと思えば、すぐに買い手が見つかってしまう。僕のお金は貯まる一方。もちろんお金が稼げるのは良いことだけど、マナスタッフを買うお金が十分にあるのだ。とうとう2本買えるんじゃないか、という金額まで稼げてしまった。それでもマナスタッフは手に入らない。
 見るに見かねたバラ姐さんが、マナスタッフの買い取りを手伝ってくれた。告知を出したり。そして後になって、Elwing氏まで手伝ってくれることに。僕はもう感謝で一杯だ。

 ここに来て、マナスタッフの値段が上がっているらしい。予定していた買い取り価格を引き上げた。いっそ強化されて居なくてもいい。自分でお金をかけて強化すればいいのだから。それでもマナスタッフは手に入らない。3度ほどチャンスはあったのだけど、どれも他の人が買ってしまった。僕が思っていたより競争率が激しいのだ。こうなると数日間買うのを見送ったのが痛い。僕は死ぬほど後悔した。

 狩りをしながら、マナスタッフの売買状況に目を光らせるのはしんどい。予想以上に心身が疲れてしまう。体を動かしている間はいいが、休むとどっと疲れが襲ってくる。マナスタッフは急に売りに出なくなった。焦りも乗じる。まさかたった数日で売りが無くなるのか? もう手に入らないかもしれない。疲れと相まって考えも後ろ向きになってしまう。少し落ち着くため、一旦休息を取ることにした。

 休息を終えたところで、Elwing氏から嬉しい連絡が入った。商談が成立したというのだ。しかも上等のマナスタッフだ。僕は急いで話せる島の掲示板に向かった。そこに情報が載っているという。やっとマナスタッフが手に入る。僕は息を切らせて掲示板に向かった。ドキドキしながら掲示を見回す。ところが、それらしい掲示が載っていない。ひょっとしたら見落としたかもしれない。僕はもう一度、今度はゆっくりと確認した。やっぱり載っていない。首を傾げていると、誰かが僕の肩を叩いた。
 突然話しかけられて、僕はびっくりした。僕は掲示板を見るのに熱中し過ぎて、最初は話しかけられた事にさえ気づかなかったらしい。振り返ると男が立っていた。ウィザードだ。彼は”のいる”と名乗った。マナスタッフを売りに出した人だ。彼はすぐに何かを差し出した。それは2つの祝福されたテレポートスクロールだった。はじめ、僕には意味が分からなかった。僕が欲しかったのはマナスタッフだ。彼は何かを言っているのだが、唖然とする僕の耳には届いていなかった。僕は彼に何度も聞き直した。そして3度目に、やっと僕は、彼が言っていることを理解できた。つまり、「もっと高い値段をつけた人がいたのでそちらに売ります。これはここまでの足代です」。そういう事だった。僕は落胆を抑え、お礼を言って彼と別れた。
 しょうがない。そう、しょうがないのだ。より高い値段をつけた方に売るのが当たり前だ。期待しただけに落胆も大きかった。仲介をしてくれたElwing氏にも報告した。氏も残念そうだったが、「まだチャンスはあるよ」と僕を励ましてくれた。

 それからしばらくして、また連絡が入った。マナスタッフを売りたいという人を見つけたという。中途半端な強さの物だし値段も高い。でもこれはチャンスだ。僕はその相手に連絡をしてみた。すぐに返事が返ってきた。象牙の塔の村で落ち合うことになった。
 テレポートで飛んだあと、僕の脳裏には一瞬、前回のことが過ぎった。またダメだったらどうしよう。不安に駆られながら、僕は相手を捜した。道具屋の前にいるはずだ。そこは人だかりだった。僕は辺りを見回した。程なく、相手が見つかった。簡単に挨拶を済ませ、すぐに取引に入った。僕は32万アデナを払い、彼はマナスタッフを出した。今度こそ本当だ。やっと僕の手にマナスタッフがやって来た。嬉しかった。一時はダメかと思ったけど、本当に良かった。嬉しさのあまり、僕は彼の名前を失念してしまった。

 僕は嬉々としてElwing氏に報告した。氏も喜んでくれた。さっそくギランへ行き、多額を払ってマナスタッフを強化するための巻物を買った。合わせればかなりの額になる。合計で60万アデナを超えている。高い買い物だけど、きっと役に立ってくれるはずだ。
 ようやく自分の物となったマナスタッフを、僕はじっくりと手に馴染ませた。僕もこれで一人前のウィザードになったような気がする。



 マナスタッフの効果は絶大。確かに高いだけはある。今までは魔法が尽きたら即座に町に戻り、一旦休憩を取っていた。この休息時間が意外にかかる。マナは回復しづらいのだ。一時など、狩り場に出ている時間と、休憩している時間が同じぐらいだったことさえあった。今まではそれを、マナが早く回復するブルーポーションを使うことで短く抑え、狩り場と町を行ったり来たりしていた。それがマナスタッフを手に入れてから、明らかに町に帰る回数が減った。数倍も狩り場にとどまれるのだ。
 それに、今までは、目の前においしい獲物がいるのに、魔法が心許なくて泣く泣く見送る、なんてこともあって悔しい思いをしたのだけど、今はそういう事はあまり起こらない。マナスタッフで常にある一定以上のマナを維持できるのだ。つまりイザというときの魔法を残しておけるという訳だ。狩りの効率も当然上がった。
 ただ、やはり狩り場に留まるのは緊張する。たまには町に帰って気を休めたいと思うのも確かだ。ところが町でじっとしていると、居てもたってもいられない事がある。こうしている間にも他の人が良い獲物をたくさん狩っているんじゃないか、と思ってしまうのだ。僕も狩りの魅力に取り憑かれてしまったんだろうか。



 あれからマナスタッフは急激に値上がりしたようだ。なんと一番安いものでも30万アデナ近くするようになった。数日前は20万アデナだったのに。この上がりようは何なのだろう。しかもこれで留まらず、これからもっともっと高くなるというのが大方の予想だ。僕は値が跳ね上がる直前に買えたことになる。ギリギリだ。運が良かった。もしあそこまで頑張らず、そのうち手に入れられるさ、なんて悠長に構えていたら、もっと入手しづらくなっていた。尽力してくれた人達には本当に感謝してる。有り難い。



 平和が戻った。
 ヴァラカスの復活からしばらく経つ。アイスクイーンまでも力を強め、アデン全土で普段は見られない凶悪な怪物達が闊歩していた。その恐怖も静まろうとしている。
 今日、二度に渡って象牙の塔を治める魔術師から号令が出された。ヴァラカスの棲む火口と、アイスクイーンの棲むオーレンの中間地点、すなわち火と水の力が拮抗する場所に、二つの勢力が集まっているという。それらを倒すために冒険者達が集められた。いや、誰もが自主的に集まっていた。世界を救うため、あるいは怪物から得られるアイテムを手に入れるため。理由はそれぞれだろうが、腕に覚えのある者達が、我先にとモンスターの群に飛び込んだ。そして二度の戦いに勝利した。集まったモンスターは尽く退治され、火の勢力も、水の勢力も弱まった。
 象牙の塔の魔術師から、多くの冒険者を讃える言葉が発せられた。世界の脅威が去ったのだ。それは紛れもなく、あの場所に集まった強者達がもぎ取った勝利だった。

 ヴァラカスもアイスクイーンも居なくなった訳ではない。だからこの平和はひとときのものだろう。願わくはこの安らぎが少しでも長く続きますように。
 再び彼等の脅威がやって来たとき、僕は何か出来るだろうか。



 いつものように荒れ地での狩りに向かった。荷物もしっかり確認して、バッグに整理して入れておいた。何が何処に入っているのか見なくても分かる。こうしておけば、緊急時に便利なのだ。
 荒れ地での狩りにはすっかり慣れた。荒れ地の地図も頭に入っている。足早に動き回り、獲物を見つければ狩り、狩った後はまた違う場所を目指して歩き出す。それを延々と繰り返す。夜でなければ、そう大した危険は無い。
 とはいえ、たまには危機に陥ることもある。自分のミスが原因のこともあれば、予想を上回る敵が出現した時、あるいは運悪く魔法が尽き掛けている時に強い敵が出てきた時などだ。中でも今回は最悪だった。いくつかの悪い要因が合わさってしまった。すでに魔法を結構消費していたのだけど、これで最後にしようと思って、ブラックナイトを攻撃した。ところが運の悪いことに、ちょうど同じ時に、エルモアゾンビのウィザードとジェネラルが現れたのだ。特にウィザードは宜しくない。こいつは遠距離から魔法攻撃をしかけてくる。それも痛い奴を。僕はさっさとブラックナイトを片付けようと思った。魔法で一網打尽にできるはず。でもブラックナイトは、なぜか散開して迫ってきた。これじゃあ範囲魔法の効果がない。二手に分かれたブラックナイトは、一方は僕を、そしてもう一方はヒューイとルーパスを攻撃し始めた。僕は目の前のブラックナイトを相手にするので精一杯だ。おまけに後ろからはエルモアゾンビウィザードの魔法攻撃がビシバシ当たって痛いの痛くないのって。でも僕は焦らなくなった。このぐらいなら良くあることだ。
 でも不運は重なる。近くまで来ていたグールの爪が僕の腕を掠めた。嫌な痛みが体に走る。グールの爪には毒がある。体が徐々に重くなっていく気配を感じた。やばい。こんな敵の真ん中で麻痺したら助からない。早く解毒しなくちゃ。僕はすかさず荷物に手を入れて薬を探した。急場を薬で凌ぐのは常套手段だ。
 僕は手の感触に驚いた。一瞬動きを止めてしまった程だ。僕の手に触れたのは解毒薬ではなく、なぜか魔法の石だった。慌てて荷物の中を見た。整理していた荷物がグチャグチャになっている。散々早足で歩き回ったせいで、崩れてしまったのかもしれない。とにかく僕は焦った。次の瞬間には敵に背中を向けて走り出していた。なりふり構ってなんていられない。まず回復しなくちゃ。こうなるどヒューイやルーパスのことも横目で確認するだけだ。二匹はまだブラックナイトと戦っている。互角か、劣勢か。でも僕に彼等を手助けする余裕はない。迫り来るブラックナイトを懸命に振り切ろうとしながら、僕は荷物を引っかき回した。ところが探しても見つからない。こうしている間にもブラックナイトが迫る。僕は慌てて追撃をした。が、慌てすぎて全然違う魔法を掛けてしまう。しかも僕はそれに気づかず焦るばかり。魔法が効かないのだ。幾度も魔法を不発に終わらせて、ようやく気づいた。気づけばヒューイとルーパスからも遠ざかっている。二匹の姿はもう見えない。ひょっとしたらやられているかもしれない。
 滅茶苦茶になった荷物の中に、僕は帰還スクロールを見つけた。村に即座に帰還できる巻物だ。僕は迷うことなく使った。これ以上いたら本当に死んでしまう。
 グルーディオの村に戻ると、ヒューイもルーパスも生きていた。傷だらけだったけど、二匹はまだ元気だった。良かった。



 やられた。悔しい。もう一度行こう。さっきの借りを返してやる。

 マナスタッフのおかげで狩り場に留まる時間も長い。とはいえ、たまには休息が必要だ。そう言うときには、足を止めて高い空や、遠くに見える山を見たりする。雲はいつもゆったりと流れている。
 一息ついていると、不意に話しかけられた。狩り場では人とよく会うが、話しかけられることは滅多にない。皆黙々と狩りをするものだ。驚いて振り返るとウィザードが立っていた。彼女は不安そうな面持ちで僕に尋ねた。「私でもブラックナイトを倒せますか?」。僕がさっきブラックナイトと戦っているのを見たのだろう。僕には難しい判断だけど、話を聞いてみると彼女はそれなりに経験を積んでいるそうなので、たぶん出来るんじゃないか、と僕は曖昧に答えた。あとは慣れだ。それと薬は十分に用意しておいた方がいい。彼女は僕なんかお話を真剣に聞いてくれた。そしてお礼を言って去っていった。
 荒涼とした荒れ地のまっただ中にある狩り場には似つかわしくない、線の細い内気そうな女性だった。どうして彼女のような人がここにいるのだろう。なぜ危険な狩りなどしているのだろうか。とはいえ、僕だって狩り場には不釣り合いだ。僕は子どもの頃から貧弱だった。それがどうしてこんな危険な場所で狩りをしているのかと訊かれても、答えに困ってしまう。



 エントの枝が無くなってしまった。とりあえずクラン倉庫の物を使わせてもらって急場を凌いでいたのだけど、いつまでも頼っている訳にはいかない。狩り場から戻ったところで、ちょうど武器屋の横で枝を売っている人がいた。すかさず購入することに。100本で3000アデナだ。安い物だ。どうせならもっと一杯買っておいた方がいいかなぁ、などと考えていたら、ヒューイに躓いてしまった。ヒューイは僕が買い物を済ませる間、僕の横にピッタリくっついて待っていたのだ。ルーパスも一緒だ。忠実な二匹の行為は、僕の足下を塞ぐ形になっていた。僕は見事にそれに躓いて転んだという訳だ。枝を売っていたウィザードが苦笑していた。僕は恥ずかしさのあまり、思わず二匹にあっちへ行けと強く言った。すると忠実な二匹は、言われたとおり、ずっと遠くへ行ってしまった。僕は余計に恥ずかしい思いをした。ウィザードはやっぱり苦笑していた。



 犬が倒れていた。それを囲んで数人の男が途方に暮れている。息絶えようとする犬に何も出来ぬまま、飼い主は諦めようとしていた。その様子は酷く哀しかった。しょうがないよ、と言って彼等はその場を去ろうとした。そのとき、彼等の一人と目が合った。ナイトだ。彼は近づいてきて僕に犬を助けてくれないかと頼んだ。もちろん断る理由なんかない。僕はすぐに持ち合わせていた巻物を取り出した。手足を動かすことさえままならなかった犬はすぐに立ち上がった。そして元気に飼い主の元へ走り寄った。飼い主も嬉しそうだ。誰だってしょうがないなんて思いたくない。僕は少しだけ幸せな気持ちになった。
 僕が思いだしたのは、かつてグルーディオで看取った名も知らぬ犬だ。あの時も、飼い主はしょうがないからと諦めたのかもしれない。



 初めてドラゴンバレーに足を踏み入れた。案内役はいつものElwing氏だ。氏はこうしてたびたび、僕に新しくてより強い獲物のいる狩り場を案内してくれる。
 ドラゴンバレーとは、その名の通り竜の住処だ。あのヴァラカスもこの谷の近くに棲んでいる。ドラゴンバレーからそびえる火山の火口が彼の住処だ。
 僕たちが向かったのはドラゴンバレーケーブ。通称DVCと言われる洞窟の最奥部には、やはり竜が棲んでいるという。僕は準備を万端に整えた。予め必要なものを氏に訊いておき、しっかりと揃えておいた。
 Elwing氏とギランで落ち合い、テレポート屋を使ってドラゴンバレーの入口まで飛んだ。そこでまず一つ目の初体験が待っていた。変身だ。
 使用するのは変身スクロール。これを使うと、好きなモンスターに化けることが出来る。一体何を好きこのんでモンスターなんかに化けるのか。最初は僕もそう思ったのだが、モンスターに変身すれば、そのモンスターの持つ力を幾らか使うことが出来るし、何より、他のモンスターからも攻撃され難くなるのだ。これは意味が大きい。多くのモンスターは、人間を見ると襲いかかってくる。四方八方から休む間もなく迫られれば、どんな強い人だってやられてしまう。僕のように弱い人間なら尚更だ。だが変身をすれば、狩り場での無用な危険を避けることが出来る。
 初めての変身はおっかなびっくりだ。変身したらどんな気分だろう。体が軋んだりしないのだろうか。幾ら安全の為とは言え、痛い思いをするのは嫌だ。スクロールを使い、変身したいモンスターを強く思い浮かべる。勧められたのはスパルトイという骨だけのアンデットだ。スケルトンと似たようなもので、コイツは骨が青く変色している。慣れた人達は「スパ」なんていう愛称で呼んでいる、よく見かけるモンスターだ。
 目を開けると、僕の体はもうスパルトイになっていた。正直言うと拍子抜けした。僕の体は骨になっている。でも苦痛は感じない。本当に変身してるのかと疑ったほどだ。自分から見ても骨になってるし、他の人から見てもちゃんと骨になっているようだ。変身がこんなに簡単なものだったとは、今まで僕が敬遠してきたのは何だったのだろう。
 氏から、変身についてもう一つ良い面を教えて貰った。通常、僕らウィザードは魔法を使うために非常に大きなモーションを必要とする。故に囲まれるとからきし弱いし、魔法の連発もなかなか出来ない。だがモンスターに変身した姿だと、体が軽く動き、魔法を素早く掛けることが出来るのだ。その効果はすぐに体感できた。以前、同じクランの妙命陰陽というウィザードから戦い方を教えて貰ったとき、「ブラックナイトを囲まれる前に倒せるかどうか」で意見が分かれた。彼女は倒せると言い、僕は自分の体験上、囲まれる前には倒せないと主張した。今になって、やっと重要なことが分かった。彼女は常に変身をしていたが、僕は変身などしたことがなかった。未変身の僕はモーションが大きくて魔法の連発が出来ず、変身している彼女は容易に魔法の連発が出来た。その違いだったのだろう。

 一番戸惑うと思っていた変身を難なくクリアした僕は、Elwing氏に連れられてDVCへと潜った。中は物騒極まりない。一匹だけでも手こずりそうな僕の知らないモンスターが、辺りを闊歩している。おまけに、所々で戦闘する姿を見る。その激しさといったら、音を聞くだけで震え上がるほどだ。こんな所で平然と狩りをしている人達がいるなんて信じられない。
 僕は戦々恐々としながら氏の後を追った。氏はどんどん先へと進んでしまう。辺りはモンスターだらけだ。僕はいつ襲われるかと冷や冷やしていたが、モンスター達は僕らに気づく様子もない。これが変身の効果だ。DVCの深い場所を目指して一気に進む。目指すのはサキュバスなどがいる所だ。魔族であるサキュバスは、しばしば魔法書を持っている。今回のもう一つの目的はその魔法書を手に入れることだ。
 モンスターの中には、変身していても襲いかかってくる奴が希にいる。そういう奴らを倒しながら先へと進んだ。狭い洞窟内では身動きが取りづらい。複数人で狩りをする場合は、しばしば互いの体が邪魔になることがある。かといって、気を遣っていると自分だけ囲まれたり、味方と離れすぎたりして非常にやりにくい。僕にとっては初めてのことだらけで、とにかくついていくだけで精一杯だ。

 DVCには強いモンスターがたくさんいるが、中でも強いのはムリアンというクモのような奴だ。クモみたいな奴だが、明らかにジャイアントスパイダーなどとは違う。足が短く、ずんぐりしている。体も小さめだ。だが噛みつく力は想像を絶する。体も固い。攻撃すると、まるで金属を叩いているかのような音がする。コイツはホントに要注意だ。

 歩き回るのにも少し慣れてきた頃、ふと氏が立ち止まった。キョロキョロと辺りを見回す。「こっちかな……」などと独り言を呟き、不意にきびすを返したりする。僕は不安になった。まさか迷ったんじゃ……。でも氏のことだから大丈夫に違いない。僕は氏を信じて後をついていった。もっとも、この場所自体が初めての僕には、氏を信じることしかできないのだけど。
 やがて、見覚えのある場所に出た。階段の前だ。氏はそこから自信たっぷりに歩き出す。しばし歩くと、また同じ場所に出た。僕は恐る恐る氏に訊いてみた。「わかんなくなっちゃった」氏は笑いながら言った。お願いしますよ、笑い事じゃないんですから。僕の顔は青ざめていたに違いない。
 その時、突然あの忌々しい奴が現れた。カサカサカサと凄い速さで足下に近づく。黒いずんぐりした固まり。ムリアンだ。氏はすぐに弓を放った。この狭く暗い洞窟の中で、正確に矢を射抜く技術は素晴らしいの一言に尽きる。だがムリアンは1匹では無かった。2匹のムリアンが同時に襲いかかった。氏の体には見る見る傷痕が出来る。剥き出しの足は既に血が噴き出している。僕は氏を助けるため、召還したモンスターと共に一生懸命ムリアンを攻撃した。金属を殴るような痛みが走る。一発叩くごとに手が痺れそうだ。
 不運はそれで終わらなかった。血の匂いを嗅ぎつけ、周りから他のモンスター達も集まってきた。ムリアンはまだ退治できていない。僕らはあっという間に囲まれてしまう。特に氏への攻撃は凄まじかった。氏は上から下から攻撃を受けながら矢を放ち続けた。小さな体は満身創痍。あちこちから血が流れている。それでも氏は矢を放ち続ける。僕は慌てて回復魔法を準備した。群がるモンスター達の隙間から、氏の体に魔法を掛ける。氏の傷が埋まっていく。だが治りきるよりも早く、新しい傷がその上に出来る。さすがの氏の顔にも苦痛の色が露わになった。もうダメかも……そう思う暇さえない。僕は必死に魔法をかけ、目の前のモンスターを殴りつけた。
 やがて、ムリアンの1匹がようやく動きを止めた。1匹が倒れればパワーバランスが一気に傾く。今度はこっちが優勢になった。多少時間は掛かったが、僕らは、取り囲んでいたモンスターの全てを退治することが出来た。
 激戦の後、氏はあっけらかんとしていた。「いやー、死ぬかと思った」。こんな時でも笑顔が出てくるとは、それだけでも凄い。僕は肩で息をしていた。半ば放心状態だったと思う。氏がやられてしまったら、僕はどうすればいいんですか。弱音半分に言うと、氏はきっぱりと言い返した。「即帰還して下さい」。氏の顔はいつになく真剣だった。万が一の事態を想像し、僕はぞっとした。

 その後、そう長く狩りをする前に変身が解けてしまった。迷って時間を潰してしまったのが響いたらしい。このままでは怪物達が執拗に襲いかかってくるだろう。結局、その日はそれで切り上げることになった。



 BK荒れ地で狩りをしていると、喧嘩をしている人がいた。どうやら、どちらが先にブラックナイトに手を出したかで争っているらしい。俺が先だった、いや俺が先だった、と互いが譲らない。二人ともウィザードのようだ。召還しているモンスターを見る限り、かなりの高レベルに違いない。
 狩り場ではこんな光景を目にすることもある。狩りというのは殺伐としているものかもしれないけど、何だか哀しい気持ちになってしまう。


 BK荒れ地にはアンデットも数多く出現する。スケルトン、ゾンビ、グール、スパルトイ。彼等はかつて人間だったのだろう。それが死に絶え、”何か”によって新たな、そして歪んだ命を吹き込まれた。彼等は何を求めて彷徨っているのか。
 ふと気づいたことがあった。アンデットは意外にお金を持っている。死んでまで金を追い続けるとは、なんて哀しい性だろう。



 先日、グルーディオで公式の発表を目にする機会があった。そこで僕はある事実に驚いた。グルーディオはグルーディオではなくグルーディンであるらしい。なんてこった。僕は間違えて憶えていた。
 でも、時々グルーディオと発音する人もいる。もちろんグルーディンと言う人もいる。ひょっとしたらどっちも正しいのかもしれない。昔はグルーディオと言っていたのだけど、城が建ったり、城主が変わったときに、無理矢理グルーディンという名に変えたとか、そんな歴史でもあるのかもしれない。


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