リネージュ日記
<ブラックナイト狩り・クリスマスの風景・血盟ころがる天使たち>



 ブラックナイト退治に精を出す。退治と言うより討伐と言った方がいいだろうか。危険は承知の上。これを乗り越えないと、もっと強い敵とは戦えない。いつまでも恐れている相手ではないのだ。バラ姐さんと一緒に戦った時に、彼等との戦い方はだいたい覚えた。あとは一人で繰り返し訓練するだけだ。
 それにブラックナイトはお金が稼げるのだ。さすがに彼等は高価な品々を身につけていて、しばしばそれらが手に入る。追い剥ぎみたいなこの行為にもすっかり慣れた。ここではそれが正しいのだ。誰もが目的を持って冒険者をしている。たとえばお金を稼ぐために。あるいは強くなるために。そのためには、戦って這い上がっていかなければいけないし、その彼等の間では、退治した者達から戦利品を頂くのは当然の権利だ。

 ブラックナイトの出現する荒れ地でしばらく戦っていた。この辺りにはアンデットも数多く出る。荒涼とした荒れ地は、ひょっとしたら昔戦場だったのかもしれない。無数の死者が何処からともなく蘇り、辺りを彷徨っているのだ。彼等は人間を見るや攻撃してくる。さぞや晴れぬ無念を背負っていることだろう。


 荒れ地での戦いは厳しい。特に夜はアンデットたちの力が強くなる。アイスクイーンの力が強くなってからというもの、雪の地方のアンデットまでが出現するようになった。エルモアゾンビだ。魔法を使うウィザード、僕の体より大きそうな剣を担いだジェネラル。とにかく奴らは強い。それが複数で現れることもある。今回もそうだった。
 狩りをしていると、暗闇の中からエルモアゾンビジェネラルが現れた。ゆらゆらと体を揺すりながら僕に向かってくる。僕はいつも通り、魔法を一撃放ってから離れた。あとはヒューイとルーパスにお任せだ。ただ、彼等は敵と見なすもの全てに襲いかかる。それが人間だろうが犬だろうが関係ない。自分に向かってくる者には反撃するのだ。しばしばヒューイやルーパスを襲うので、注意しておく必要がある。そう遠くに離れる訳にはいかない。
 その時、反対側から別の影が現れた。ボロボロの着衣を纏ったエルモアゾンビウィザードだ。遠く離れた場所から、アイスランスという魔法で攻撃してくる。これが当たるとかなり痛い上に。一瞬足を止められる。アーチャーと同じくらい厄介だ。僕は隠れる場所を探して走り出した。刹那、脇腹に激痛が走り、僕はつんのめった。もう一体のウィザードが現れたのだ。やばい。僕はきびすを返した。ヒューイとルーパスはまだジェネラルと戦っている。よく見れば、周りからぞくぞくとアンデット達が集まっている。グールやゾンビもいる。スパルトイも。驚く僕の目の前を矢が通り過ぎた。暗闇で見えないが、スケルトンアーチャーもいるらしい。本当にやばい。そう直感した僕は、一目散に走り出していた。この時の僕は、正直に言うと、ヒューイとルーパスのことを見ている余裕は無かった。周りを囲まれる前に、とにかく自分が逃げることで必死だった。けれど行く先々からアンデットが現れる。どうしてこんなに? 明かりの届く範囲、僕の周りはアンデットだらけだ。暗闇の中にもまだたくさん潜んでいるに違いない。
 逃げ回っていてもダメだ。その間にも魔法と弓が僕を襲う。こんな状態では逃げるより先に掴まってしまう。そう思った僕は、敢えて足を止めた。当然アンデット達は僕に押し寄せる。集まってきた奴らに対して魔法を撃ちまくった。剣や爪が容赦なく襲う。痛いなんてもんじゃない。毒だってくらう。でも気にしてられない。回復魔法を掛ける余裕もないのだ。魔法の代わりに即効の傷回復薬をがぶ飲みする。これがよく効く。たくさん買ってきておいて良かった。魔法を切り替える余裕も無かった。とにかく用意してあった魔法をありったけぶち込み、ありったけの薬を飲み干した。それでも敵は残っている。もう魔法も薬も尽きてしまったのに。まだグールもスパルトイも残っている。もうダメだと思った時、暗闇から助けが飛び出してきた。ヒューイとルーパスだ。二匹のおかげで僕は命拾いし、一段落したところで村に帰還した。

 村に戻った僕は、その場に崩れた。薬は1つも残っていない。魔法もスッカラカン。精根尽き果てたとはこの事だ。またヒューイとルーパスに助けられた。二匹とも傷だらけだった。特にヒューイは大きな刀傷を負っている。きっとジェネラルにやられたんだろう。それでも二匹でやっつけてくれたのだ。あのジェネラルを、そしてウィザード2体も。彼等は本当に頼もしい仲間だ。



 ブラックナイト退治に、Elwing氏が同行してくれることになった。待ち合わせはグルーディオ。出発前にElwing氏がいいものを貸してあげると言って、スタッフを手渡してくれた。随分豪華なスタッフだ。飾りも大きくて重そうなのだけど、構えてみると手に馴染む。僕はすぐに分かった。マナスタッフだ。かつてはそれなりに手に入る代物だったが、今では新たに入手は出来ないという。今出回っているのは中古品。つまり、人から人へ売り買いされているものだけだ。とても貴重な品で、しかもこのマナスタッフは中でも上等な物だった。
 さっそく荒れ地で使い勝手を試してみた。マナスタッフというのは、その名の通り”マナ”すなわち魔法の力を吸い取るものだ。マナとは魔法の源だ。魔法を使うと人はマナを消費する。走ると息が切れるようなものだ。強い魔法を使うにはそれだけマナがいる。マナを使い尽くすと魔法は使えない。僕がよく、魔法が尽きたというのは、このことだ。魔法の使いすぎで、僕の中のマナが無くなってしまったのだ。
 マナは自然に回復する。即効で回復する手段はない。ゆっくりと回復を待つしかない。あると言えば回復を促すメディテーションだけだ。ところが例外がこのマナスタッフだ。コイツは敵を殴ると、その敵からマナを吸い取るのだ。それが杖を伝って自分に流れ込む。マナの補給が出来るのだ。

 マナスタッフの使い心地はとても良かった。これはいい。絶対に欲しい代物だ。今までも欲しいとは思っていたのだけど、高価だということと、その効果に少し疑問があったので、手を出さなかった。でも今回の試用で、とても使えることが分かった。
 Elwing氏がマナスタッフをしばらく貸してくれると言ってくれたが、丁重にお断りした。せっかくだから自分で買うことにしよう。Elwing氏もその方がいいと言った。
 ただし、Elwing氏が言うには、きちんとした物でないとダメなのだそうだ。安物――と言っても十分高いのだけど――では効果は期待できないらしい。なるほど。しっかり魔法で強化した上等のものでないと満足のいく効果は得られない。その点、Elwing氏に貸してもらったものは十分だ。この程度のマナスタッフは僕でも頑張って稼げば手に入るという。今まで貯めておいた分が役に立ちそうだ。

 これで、当面の欲しい物が決まった。上等のマナスタッフと上等の手袋だ。どちらも結構値が張るものだ。よし、頑張って稼ごう。



 今日も夜を徹してブラックナイトと戦う。他にもブラックナイトを退治に来る人は多く、時にはなかなか獲物にありつけない。駆けつけたときには既に誰かがやっつけていたり、目の前にいるのに、別の敵と戦闘中だったために他の人が退治してしまったり。
 そんな中、嬉しいアイテムが手に入った。戦果を確認している時、ルーパスがある物を持ってきてくれたのだ。それは白銀色に輝く完全な頭蓋骨だった。ブラックナイトのいる荒れ地には、アンデットも多い。これはスケルトンから取れた頭蓋骨だろう。
 スケルトンの骨は鎧にも使われるほど軽くて頑丈だが、反面、意外に脆い。退治したときの衝撃でたいていはバラバラになってしまう。頭蓋骨などまさに木っ端微塵だ。ところが中には非常に硬いものが存在する。地中に埋まっている間に化石化したのだろうか。見た目は不気味だが、宝石のように硬く滑らかで、磨くと美しい光沢を放つのだ。それがスケルトンの頭蓋骨と呼ばれる物だ。そう、僕がずっと探していたけど、なかなか手に入らなかったあのアイテムだ。
 ブラックナイト退治で思わぬ収穫だった。さっそく話せる島に飛び、ゼムに手渡した。ゼムは代わりに、マジックブックをくれた。これでようやく試練が果たせた。本当に嬉しかった。ルーパスがこの頭蓋骨をくわえてきた時には、思わず歓喜の声をあげてしまった程だ。ルーパスは他にも良いアイテムを持ってきてくれる。きっと鼻がいいんだろう。



 毎日荒れ地でブラックナイトと戦っている。今の自分たちには非常にいい狩り場なのだ。稼ぎもいいし、訓練にもなる。強いて難を言えば、ちょっと油断すると本当に死にそうな目に遭うことだろうか。ルーパスもヒューイも、しばしば瀕死の傷を負うことがある。魔法とスクロールで回復できるとは言え、血を流して倒れた彼等を見ると、一瞬絶望感に襲われてしまう。緊張する戦いの連続だ。でもそれぐらいでないと訓練にはならない。
 それから、慣れは厳禁。僕は慣れてくると戦い方がいい加減になってしまう。いつも注意しようとは思うのだけど、大抵危ない目にあってからしまったと思う。その繰り返しだ。これからはもっと気を付けないと。本当に。



 荒れ地での狩りでは時々グールの毒をくらう。そのためにシアンポーションという解毒剤を持って歩いているのだが、これが意外にかさばってしまう。予備も含め10個ほど持ち歩くのだけど、使わないこともしばしばある。かといって、解毒薬が無ければ大変なことになる。どうにかならないかと思っていたら、Elwing氏がエントの枝というものを教えてくれた。エルフの森にあるエントという木の枝だそうだ。この枝には高い解毒作用があるらしい。しかも非常に軽いという。
 ケントの町で行商をしている人がエルフが、エントの枝を100本単位で売っていた。そう高いものではないようだ。試しに100本買ってみた。本当に軽い。シアンポーションの10分の1ぐらいの軽さかもしれない。おかげでより多く回復薬を持って歩けるようになった。たった数個が生死を分けることもあるので、これは非常に嬉しいことだ。

 さっそく枝を携帯して狩りに行った。最初にグールの毒をくらった時は、ついシアンポーションを探して「あれ、ない!?」と荷物をひっくり返すほど大慌てになってしまったのだけど、すぐに慣れた。効果ももちろん期待通り。これからはこの枝を使うことにしよう。



 グローブを買った。ちゃんと魔法で強化した奴だ。他の人が使っていて不要になったものを、安い値段で売ってくれたのだ。いわゆる中古品。でも効果は間違いない。何と言っても安いのが魅力だ。グローブを売りますと告知が出ていたので、すぐに飛びついた。商談は成立。こちらから取りに行こうと思ったのだけど、わざわざ向こうから持ってきてくれた。相手の名前も聞いたのだけど、発音が難しくて忘れてしまった。何て言ってたかなぁ……。



 荒れ地にテレポートすると、小鳥が一羽飛んでいるのが見えた。この荒涼とした土地には似つかわしくない、白く美しい鳥だ。その鳥は僕の方へ飛んできた。よく見れば何かをくわえている。小鳥は僕の周りを1回転すると、くわえていた物を落とした。僕宛の手紙だ。
 差出人はバラ姐さん。紙面には煌びやかに飾られたツリーの絵が描かれていた。そうか、もうそんな時期だったのか。そう言えば町のあちこちにも、色とりどりに飾られたツリーや、プレゼントの山を見るようになった。そうか、これがクリスマスっていうものなんだ。アデン全土の町や村が、年に一度、華やかに彩られる。ぴかぴかと点滅するツリーの飾りは、やっぱり魔法で光らせているんだろうか。こんなに賑やかで綺麗な景色を見ることが出来るなんて思いもしなかった。僕の故郷では、祭の時でもここまで町を飾り付けることはない。あまりの華やかさに気後れしないではないけど、見ているだけでも楽しい。
 普段は戦争の話が絶えず、ヴァラカスやアイスクイーンで身も震える状況だというのに、誰もが今を精一杯楽しんでいるようだ。それだけで、この国が素敵だと思える。



 ルーパスは非常に賢い犬だ。どうやら良いものと、そうでない物の区別がはっきりつくらしい。僕にも分からないような違いを理解しているようだ。きっと鼻が凄くいいのだろう。ヒューイは戦闘に秀でているが、猪突猛進、視野狭窄なところがあり、しばしば目標を行きすぎたり、多量のゴミを拾い集めてきて僕を困らせる。でもルーパスが拾ってきた物の中には、凄いお宝が出てくることがあるのだ。
 先日のスケルトンの頭蓋骨を拾ってきたのもルーパスだったが、今度はもっと凄い物を拾ってきた。ZELと呼ばれる防具強化スクロールだ。しかも2日連続で。僕はびっくりした。1枚3万アデナもする高価なものだ。しかもそれだけじゃなかった。今日、僕は2枚目のZELが手に入ったことに大喜びで、ウキウキしながら倉庫にしまった。のだけど、思うところがあって鑑定してみた。するとどうだろう。その防具強化スクロールは祝福されていたのだ。祝福された防具強化スクロール。通称B-ZEL。これは非常に貴重なもので、なんと45万アデナ以上で取り引きされているものだ。もちろん店では売っていない。それを見た瞬間、僕は卒倒するかと思った。
 いまは大事に倉庫にしまってある。今の僕には無用の長物なのだ。売ってしまってもいいのだけど、なんだか勿体なくてしょうがない。いつか自分で使うときも来るだろう。装備をもっと良くするためには、こういう稀少アイテムに頼らなければならないのだ。いずれ使うときまで、大事に保管しておこう。



 Elwing氏と落ち合う。結局、氏のクランに入れて貰うことになった。実際の所、まだクランというもの自体を僕はよく知らないのだ。クランに入るべきだと思っても、入って何をするのか見当もつかないし、どのクランがいいのかも分からない。そんな僕の気持ちを悟ったのか、氏は、あまり堅苦しく考える必要はないというようなことを暗に言った。「うちのクランはそういう人にピッタリだよ」とだめ押しも忘れない。彼女が言うと、本当に気楽そうに思える。物事は僕が考えている以上に簡単なのかもしれない。

 氏の所属するのは「ころがる天使たち」というクランだ。プリンセスのMao氏が、忙しい中、僕のためにわざわざグルーディオまで来て下さることになった。僕は緊張しながら待った。その時、僕の頭に浮かんだ君主の姿というのは、かつてケント城の前で拝顔したTriffer氏だった。あの時のことはよく覚えている。まだこの国のこともよく知らなかった僕は、ただ感心するだけだったが、君主の持つ威信というものを、僕は肌で感じることが出来た。だからこそ、僕はとても緊張していた。何を話せばいいのだろう。厳しい人だったらどうしよう。

 グルーディオの南で待っていると、君主のMao氏が到着した。最初、僕はまったく気づかなかった。建物の向こうから、人の流れに混じってふらりと現れたのだ。僕の想像とは違い、Mao氏はとても穏やかで、僕らと変わらない、言ってみれば非常に庶民的な雰囲気を持っていた。覇気を表に出さない方なのだろう。顔色が優れないようにも見えたのだけど、後で、今は体調が思わしくなく、表だった行動を控えていると知った。そんな時にわざわざ出向いて下さったとは、本当に有り難いことだ。

 そう多くはお話しできなかったのだけど、入ったばかりの僕のことをとても気に掛けて下さった。君主の体調のこともあり、クラン全体での活動は抑え、各自が自由に行動している。僕にとっては、仲間とその繋がりが増えたぐらいの感覚でしかない。まだ実感が湧いていないせいもあるだろう。これからもっと楽しいことが起きてくれるといい。
 ころがる天使たち。僕には何だかくすぐったい名前だ。


 Mao氏と別れたあと、Elwing氏と狩りへ出かけた。最初はブラックナイトを狩りに行ったのだけど、人が多くてあまり狩りが出来なかった。すぐに場所を変えた。オーレンの北へ。水晶の洞窟のある雪山だ。イエティやサーベルタイガーがいる。
 Elwing氏はとにかく僕の想像を絶するほど強い。僕があれだけ苦労するイエティやサーベルタイガーを、一人で、しかも弓一本であっさり倒してしまう。サーベルタイガーのあの長い牙を向けられても動じない。僕なんて即座に逃げ出すのだけど、Elwing氏は大きく開いたその口に目掛けて矢を放つのだ。確かにそこは無防備な急所かもしれないけど、自分を食らうために目の前で開かれた口に飛び込むような真似は、僕には到底出来ない。

 途中、山の中の細い谷間で、大量のモンスターに追いかけられている人がいた。女エルフだ。助けが必要かと思って様子を伺ってみたけど、どうも必要なさそうだ。こちらを見向きもせず、淡々と矢を撃っているのだ。大きく円を描くように回り込み、モンスターを一箇所に集めている。狭い谷間で器用なもんだ。
 僕らが一度山の上に登って降りてきても、彼女はまだ同じ場所でぐるぐる回っていた。やはり助けは不要のようで、回り込んでは矢を放ち、また回っては狙いを定めてと繰り返している。きっと延々続けるのだろう。モンスターの数は減っていない。むしろ増えているかもしれない。もちろんその間にも何匹も倒しているのだろうけど。
 あまり良いやり方では無いんだよね、とElwing氏がボソリと言った。非難しているのではなく、嘆いているように見えた。同じエルフとして悲しんでいたのかもしれない。僕へ向かい、狩りのやり方を教えていたのだとも思う。
 一箇所に獲物を集めると、他の人が狩りが出来なくなる。僕のような非力な人間が、モンスターに囲まれた時に回って逃げるのはしょうがない。けど、出来るだけ早く助けを求め、余裕があるなら周りの人に声をかけ、獲物を分ける。狩り場では孤独な事も多い。獲物の取り合いになったという話もよく聞く。けど、通りすがりの人が助けてくれることもある。困っているときには本当に有り難い。狩り場では自分の力が頼りだけど、決して独りだけで狩りをしている訳じゃない。同じ狩り場で狩りをする人達のことも常に忘れてはならない、と氏は伝えようとしたのだと思う。


 その後、獲物を求めて水晶の洞窟へと向かった。実はここに足を踏み入れるのは初めてではない。以前、やはりここに狩りに来たときに、好奇心で少し入ったことがあるのだ。でも所々道が狭く、ヒューイやルーパスが十分に力を発揮できない。時には逃げようとする僕と、戦おうとする二匹とでぶつかり合うこともあった。結局、大した狩りも出来ずに戻ったのだった。
 今度は、この洞窟のことも知り尽くしたElwing氏と一緒だ。氏は軽々とモンスター達を倒し、ずんずん先へ進んだ。洞窟の中はとても静かだ。水晶と形容されるように、美しい水晶のような氷で覆われている。透明なつららが輝き、柱さえも立派な氷だ。
 長い道をあちこち回り、階段を下りたところで、Elwing氏が立ち止まった。そして意味ありげに笑う。「ここにアイスクイーンがいる」。僕はびっくりした。ちょっと待ってくれ、そんな話は聞いてないよ。慌てて逃げ帰ろうとした僕を引き留め、氏は軽やかに笑った。「大丈夫。今はいないよ」。なんだ、それならそうと早く言って欲しかった。僕を驚かせたかっただけのようだ。氏は結構お茶目なのだ。もし僕なんかが本当にアイスクイーンに出会ったら、あっという間に死んでしまうに違いない。
 主の留守ということで、フロアを見て回った。厳かな空気が辺りに満ちていた。肌を刺す冷気のせいだけではなく、ここにいるだけで神々しさに身震いする。女王の住処は、周りを埋め尽くす氷とは異質の塀で区切られていた。中央には巨大な魔法陣のようなものがあり、ゆっくりと明滅している。主人が留守の間は、その影となる存在がこの場所を守っているようだ。半透明の美しい女性の姿をしたものが、何体も浮かんでは消えていた。主の留守に場を争うとする、不埒な輩には彼女たちが鉄槌を下すのだろう。アイスクイーンもあんな姿をしているのだろうか。
 しばしそこで佇んだ後、僕らはその場所を後にした。アイスクイーンがいる時に、僕がここに来ることがあるのだろうか。もしあるとすれば、それは勿論、僕がアイスクイーンと戦う時だ。到達するには、あまりにも高い頂のような気がする。僕はもっともっと強くならなければならない。そうでなければ、僕がここにいる意味はない。

 水晶の洞窟は、僕にとっては本来危険な場所だ。でもElwing氏と一緒なら、まったりと狩りが出来る。僕はほとんど見ているだけだ。Elwing氏にとっては、ここは安全な狩り場ということになるのだろうか。
 サーベルタイガーを見つけたElwing氏が嬉しそうに笑った。何か面白いことでも思いついたらしい。彼女は結構お茶目なのだ。狩りの時にも常に楽しそうで、放っておけば鼻歌でも歌いかねないぐらいだ。
 氏は嬉々として僕に訊いた。「このサーベルタイガー、テイムしてみない?」。氏は僕に、この馬鹿でかいサーベルタイガーを手なずけろと言うのだ。僕は一瞬驚いた。が、氏と一緒なら可能かもしれない。だが僕はテイムモンスターの魔法を持っていなかった。そう告げると、氏はとても残念そうな顔をした。あからさまに肩を落とすその姿を見て、僕は思わず笑ってしまった。悪戯を見破られた子供のようだった。



 これからは魔法を買い揃えることにした。前から欲しいとは思っていたのだけど、特に困りもしなかったので、つい狩りに夢中になっていた。これが僕の”危険な慣れ”という奴の正体なのだろう。取り敢えず今の装備で何とかなっているからいいや、と思ってしまう。でも世の中にはもっと便利な物がたくさんある。僕はそれらを集めて修得することに、もっとどん欲になるべきなのかもしれない。先日はElwing氏からも、やんわりと「そのぐらい揃えておいた方がいいよ」と呆れがちに勧められた。戦闘が楽になるはずだから、と。クランに入った記念という訳でもないのだろうけど、魔法を一つクランの倉庫から頂いた。サンバーストだ。強力で使いやすいらしい。
 お金も貯まっているので、自分でも何かを買うことにしよう。もちろん僕の欲しいマナスタッフの分のお金は残しておこう。トルネードが売りに出ていたのでさっそく商談を持ちかけた。オーレンに飛ぶと、剣の竜という名のウィザードが待っていた。格好いい名前だ。でも最初、名前を聞いたときにはナイトだと思っていた。きっと名付けた人は、竜を倒せるほどの強い人に育って欲しいと願ったのだろう。それとも、竜の棲まう剣が峰のように高く険しい志を持てと願ったのか。僕の名とは大きな違いだ。

 僕の名は、故郷の言葉で意訳すると”寝る子”という意味になる。生まれたばかりの僕は、泣きもせず黙り込んでいたらしい。その名の通り、歩けるようになるまでは本当に眠ってばかりいたそうだ。「でも、平穏に過ごせるようにって意味でもあるんだよ」と、遠い昔に母が言い訳っぽく笑った。今はもういない母だ。故郷に戻っても僕の家はない。惜しむ間もなく別れた友人達はどうしただろう。そして僕はいま、平穏とはほど遠い世界にいる。


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